■…2005年 2月 8日 (火).......大安吉日:クボテツ記念日
今日は不肖私のHP設置記念日です。奇しくも大安吉日幸先の良さを期待して、真面目に日記を書こうと思いを新たにしています。
設置のコンセプトは挨拶の中に書き込みましたので宜しくお願いいたします。時は流れ、時は還りません、この日記はある意味ではこれからの私の生きる証になるかもしれないと思っています。
一寸先の明暗は人智の計り知れない世界ですが全身全霊、「ベスト尽くし天命を待つ」シンプルな生き方をしていきますのでメールを通じて助言や情報を頂きたく皆さんに御願い致します。
これからNPOの事、議会レベルの事、大村湾環境問題、地域問題、等々取り上げていきますが今日は初日ですのでこの位にしておきます。GOOD NIGHT。


No(1)


■…2005年 2月 9日 (水)
五島の友人(同級生)からキビナが届いた。五島のキビナ料理を夜満喫する

利害関係のない友人ほど心を許せる友人はない、
五島灘をこえ青雲の志を持って都会に出た青年時代が懐かしい、世の中の何たるかも知らず「男子志を立て郷関を出ず、、、」随分遠くに来たような気がする、友有りて楽し人生である。

ロシア民謡「ともしび」を聴きながら今日一日を振り返り明日の設計をする
町工場からメーカーにどうして転進するか、NPOを社会にどう反映させるか、
自己との決着をどの様につけていくか、これからの地方自治体は合併せず行政を打てるのか、云々
17年度に新しい合併新法が出来る。地方分権の名の下に県主動の推進がなされるであろう、企業も自治体も益々サバイバルの様相を呈してきた感がする。
スタンスは何時,何処で私が何をどうしたら良いのか?

No(2)


■…2005年 2月11日 (金)
昨日はNPOの2月例会で久しぶりに盛り上がった。
三月までの予定を皆で打ち合わせ5月の催事をきめる、子供や大人たちがアッと驚き喜ぶ企画を実行する事とする。乞うご期待?
関係者と今から「つめ」の準備で忙しくなりそうである。

今日はかねてよりの腹案であった「時津町埋蔵文化財発掘の企画書」を立案する。
いずれも企画倒れしないようにガンバラねば、、、、、。

地域の住民参加型の催事、事業を実地し共感を得たい、具体的に進行する中で
関係者の協力を要請する事とする。

「ガン」にならないために緑茶の事を目下研究しているがこれも誰かの知恵、知識を拝借する必要がある、来週は彼杵に行こう。


No(3)


■…2005年 2月12日 (土).......日日之好日
毎日毎日を大好日にする為に一日懸命に生きている。
「生きると言う事は学ぶ事にあり、学んだ事を生かす事にある」この年齢になり自覚する。
少年老い易く学なり難しの漢詩を思い起こす、若い時に学んだ事柄が今ごろ理解できるような気がする。
先日、総務省事務次官の「国の財政事情と展望」について講演会があった、
地方以上に国際社会における国の財政評価は悪化し先進国ではドンケツとの事である。
モハヤ、1町民としても「時津の長与の」と言っている段階じゃない。
国は2010年にプライマリーバランス(収支がトントン)を標榜しているが実現させるには恐らく消費税を20%近くまでUPさせるしか方法はなかろう
併せて諸諸の新税を設定、それでも起債(借金)は返済できない国も地方も「つけ」を後世、末裔に残すようでは政治不信、政策不能と言われても仕方がない。
現住所は時津でも、本籍は長崎県、国籍は日本という自意識が必要である。

No(4)


■…2005年 2月13日 (日)
朝から今日のスケジュールを作る。
本来なら日曜日は充電日としてシュミレーションの修正日に設定するのだが
アフターウイークデイでイロンナ相談が入ってくる。

世の中は百鬼夜行、弱肉強食とシミジミ思う。
人間社会は動物社会よりハルカニ堕ちる、人間ほど貪欲な動物は居ないのではないか〜。
きれい事を言う者ほど腹黒い。
忠犬ギン太(我家の番犬)が老死寸前、ギン太は我家の用心棒である。   苦楽を共にした相棒を犬死させられない、明日からギン太の為に時間を作ってやろうと決心する。


   

No(5)


■…2005年 2月15日 (火)
NPOながさき主催の指定管理者制度セミナーがあった。
タスクフォースおりおんから理事の藤原氏が受講する。中身が楽しみである。
世の中がドンドン変貌していくのを実感する、              遅れないようにしようと思う。今まではなんでも一人でやろうと力んで来たが此れからは互いに協働精神で行こうと改心するジョイントベンチャー★

町議会が3月1日から出発する:今回は一般質問をパスし同僚の勉強しよう。
次回からは(6月)HPを通して問題、要望を広く募集していく事も考える。

明日から熊本:鹿児島にビジネス、九州を視野に活動する事は気合が入る。
同じ一日でも長崎の一日とでは天地の開きがある。
ギン太が少し元気になった、ルテイン効果が出たのか?          それでもアト余命いくばくか、ご昇天になれば庭先に埋葬して供養してやろう。 雨がシトシト何と無く侘しい夜だ、、、ただ今0時00分16日になる  

No(6)


■…2005年 2月18日 (金).......人生意気を感ず。
昨日の夜8時時津に帰ってきた。
司馬遼太郎の「街道を行く」ではないが肥後、薩摩路を営業行脚する、同業,異業の経営者に業況を語り合うも試練の時である認識は共通している。営業戦略的には「遠交近攻」が現実的か。
阿蘇、霧島、桜島、開門岳と横目で睨みながら高速を走る、毎度の事ながら時間との戦いである。
枕崎で仕事でお世話になった知人と旧交を温める「友遠方より来る」と歓待を受ける、仕事を通して男同士の友情が生れる事ほど至福を感じる時は無い。
彼はわが身を賭して大仕事の機会を与え、私も身命と社運を賭けて完成させた
「枕崎お魚センター」は今も健在である。
夜、東シナ海から打ち寄せる海鳴りを聞き入り乍、仕事絡みの友人達を懐古する。
仕事に男気は禁物と教えられてもきたが、持って生まれた性分かついその気になってしまう、事業では損もしたけど事業を通して得たものは計り知れない。


No(8)


■…2005年 2月19日 (土)
愛犬「ギン太」が逝ってシマッタ。
忠実院犬代表如銀太子。PM9:45:記

No(9)


■…2005年 2月20日 (日).......ギン太の葬式。
朝から気圧配置が寒気に入り、北風が吹く。
昨夜、急逝した忠犬「ギン太」の墓地を庭の片隅に掘り埋葬する。
墓地の上に柿の苗木を植えた犬死にさせない為と彼の証を立てる為である。 想えば苦楽を共にし家族同様の付き合いをした間柄であった。
ヒトはイヌ畜生と蔑みの表現をするがイヌほど正直、賢明で忠実な動物はいない。
よく「何犬ですか」と聞かれたが「番犬」です、と応えて「ギン太」を紹介したものだ。                              。
我家にはもう一匹不良番犬の「カンタロウ」が庭先に同居している、イヌにも性格があり「ギン太」は犬物、「カンタロウ」はチンピラに近く分別が無い。
「ヒト」に生れるも「イヌ」に生れるも己の意志は介在しない、紙一重の世界である。
生物進化の世界で奇跡と偶然が連綿と続き今日に至っている、       一期一会は人間社会のみではない事を「ギン太」を通して教えられた。
「生き物は全て家族」草も木も生あるものを労わる心情がヒトには必要だ。

No(10)


■…2005年 2月21日 (月).......悲劇の国 「ニッポン」
長崎県土地開発公社、造成中の「時津10工区」に関する議会の特別調査委員会があった。
埋立て土砂不足により予定より大幅に遅れ完成は平成31年になるらしい。
県住宅公社が昨年経営破綻し、土地開発公社も追随するのではないかと懸念される、完成まで持ち応えれるのか?
ソモソモ特殊法人、公社等は設立の趣旨が「役人の天下り先」であるので企業感覚の経営者など存在しないところに問題がある。
外郭団体など全て解体して経営責任を負う事業体にして再建させればよい、
長崎県は平成20年財政再建団体に転落するかも知れないと言うのに職員APの問題一つにしても現状認識が欠如している。

指定管理者制度、NPO、PFI,官設民営等々手法は多々ある、近い将来地方自治体も民間レベルの行政システムに移行せざるを得なくなるであろう。
阪大教授、宮本勝治氏の「にっぽん診断」によると今や我が国の国際決済銀行(保証機関)扱いはフィリピンや南アフリカより低評価らしい。悲劇である

No(11)


■…2005年 2月22日 (火).......二人の女:光と影
サスペンス小説の題名ではない。
実在する二人の女を紹介したい、片や小説「氷壁」のモデルで、「ふたりのアキラ、美枝子の山」に登場する女性クライマーの山田美枝子。
一方は小説「黒い看護婦」の主人公吉田純子、久留米保険金連続殺人事件の主犯である。
二人は共に実在し後者は先日、極悪非道の死刑判決を受けた。前者は「氷壁」の主人公松濤明を生涯の恋人として変転する人生を北アルプスの穂高の如く 悠然、清冽に運命を甘受しつつ健気に生きている、彼女の偉大さに感動を覚える

新聞の裁判記事を読みつつ事件の背景、経過の謎、共犯者と主犯のシガラミ?興味本位でなく私には無視できない。
対極に位置する二人の女を並べた時、フイクション小説の主人公なら兎も角、
その格差は容認し難いが、紛れも無い現実である。
「人は人によってしか磨かれない」と言うが出会いが運命を作る事を痛感する

No(12)


■…2005年 2月23日 (水).......人生劇場 助演 久保哲也
やると思えば何処までやるさ、これが男の魂じゃないか、これは演歌「人生劇場」の一節ですが、元はと言えば尾崎士郎の名作で、同類の小説に五木寛之「青春の門」がある。更にサカノボレば「人生は劇場である」は劇作家シェークスピアの名言で私も同感である。
解釈は聞き手に預けて私流には劇場は演劇の場、そこには配役があり各々がその役回りの中で喜怒哀楽、愛憎生死のドラマを展開するが一様ではなく結末は総じて悲劇である。
私には現在「公職の町議」「ボランテア代表」「事業経営」「私人」と全く立場の 異なる配役(役割)がある、一日に4役同時にこなす事も度々だが
トモスレバ役割を忘れて「久保哲也」で行ってしまい「3文役者」に成り下がる。
これでは喜劇にもならないと自戒する。
人生の劇場では脇役も主役も無く、脇役にとっては自分が主役で主役が脇役である。
「天は自ら助くる者を助く」只今12時:00今日と明日の間    




No(13)


■…2005年 2月25日 (金).......選挙民も再考を。
25日付け長崎新聞、「みんなのひろば」投稿欄に議員の資質と選挙民に関する指弾が大瀬戸の中原さんから寄せられていた。
かねがね私が個人としても指摘してきた事でもあり共感を覚える。
選挙民は選挙という権利を行使してしか政治に参加出来ない訳だから、あらゆる係わりを捨てて選挙に望むべきだ、これしか政治(社会)を善くする方法は無い。
選択肢は色々あるが、現職なら任期中の議員活動である。
新人なら社会人としての見識、社会歴であり政治倫理の有無であろう。
人格に欠如があれば選挙民は片手で支援運動、片手で排斥する位の考えが欲しい、地縁血縁の選択が政治を低俗なものにする。
政治とは住民の生活問題に取り組む事である、卑しくも個人の利益や支持団体の権益に関与すべきではない。
私の町民相談室には絶え間なく相談、問い合わせがあり、繁盛しているが本当は望ましい事ではない、100%は対応できないが最善は尽くしている。
限界の無い仕事は心労を伴うが之も人生劇場。


No(14)


■…2005年 2月26日 (土).......閑古鳥の巣窟〜DOUZA
二月(如月)最後の土曜日。
如月は陰暦二月の別称、語源は「衣更着」から来ている、一年で一番酷寒の月という事か、冬来たりなば春遠からずポカポカの春先には厳冬がある、自然の摂理である。自然のサイクルに狂いは無いが人間社会ではそうは行かない「冬から冬へ」これまた現実である、先般、土地の土建業者が2社連続して倒産した
過っては倒産原因の第一は「放漫経営=ドンブリ勘定」であったが今回倒産した企業は地元では実力派である。公共主体の建設業には深刻な事態だ。
事業の世界はマジメだけでは生き残れない、事業経営ほど「大博打」はナイ。
「博打」で勝てる要件は「場の流れ」を読む洞察力「調子に乗らない」自制心
「大胆にして緻密」な手法、「ツキを呼び込む」執念だろう之は経営も同じ。
昨日、谷川弥一代議士(同級生で友人)の懇親会で知事と歓談する、建設業界を憂慮していた、各自が現実を把握し経営改革をなすべきと語る。パーテイのあと知人と銅座に行く、ハナ金なのに閑古鳥が悲鳴を上げイタルトコロに巣窟を作っていた。 業界は<世情を読み勇気を持って改革の時である>

No(16)


■…2005年 2月27日 (日).......「人は希望と共に若く、絶望と共に老いる」
私事で恐縮ですが、私は3才の時、父を戦争で無くし母は残された子供たちを育てる為、朝も夜も無いほど働きずくめの毎日を送り、そしてやはり孫や家族の為に母を助け苦楽を共にした祖母がいた。お陰で特別に「ヒモジイ目」には遭わず高校まで五島で生活した。大人達は皆な戦後復興社会の中で家族を守る一心で我が身を削って生涯を全うした。あの頃は介護福祉はおろか娯楽の一つも無かったけど家族を率先して、どこのお年寄りもモクモクと良く働き、痴呆老人など見た記憶が無い。
思えば家族や部落の中で自分達が、ナオ必要とされ「役割り」があるという自覚と使命感が老人たちに「生きる希望と気力」を与え結果として今日の繁栄社会が構築された事を考えれば手を合わせずには居られない、認知症、介護予防が社会問題になりその対応に決め手を欠く病める社会を考える時「人は希望と共に若く、絶望と共に老いる」この言葉が現実味を帯びてくる。
空白の余生を送る老人達に「生きる喜び、ササヤカな希望」を感謝の意を込めて与えらないものか。

No(17)


■…2005年 2月28日 (月).......終着駅⇒NAGASAKI?
明日から3月議会が始まる。
会期は18日まで、一般質問(議員の役場に対する疑問、要望の申し入れ)は1日〜3日である14人の同僚議員が登壇するので傍聴をお願いしたい。
今回は平成17年度一般会計予算、合併見送りに伴う今後の町財政に関する質問等が主である。
21世紀は住民が主役の時代と云われて久しいが、実情を皆さんがどう評価しているか疑問である。全ての議会議員が視点を地域社会の将来におけば住民の意思と大きく乖離はしないのだが。
生活問題、社会問題に取り組むのが政治である事は前にも述べた、行政の監査役が議会なら議会の監査役は住民である。合併問題では大多数の皆さんの期待に反し説明の付かない結末を作ってしまった。              痛恨の極みであるが長い目で見れば「区切り」であっても「終点」ではなく、行き先はは長崎駅かなとも考えざるを得ない。
来る17年度、国は合併新法を作り、全国の市町村に追討ちを駆けてくる。
イズレニシテモ後世に恥じぬ決断をしなければならない。

No(18)


■…2005年 3月 1日 (火).......3月1日 
好天の日。
朝から気分は爽快なり、今月もハードになりそうである、2月は少々走りすぎたので3月は充電しつつ日程消化しようと考えていたが延長戦になりそうな悪い予感がして来た。
ままよ、と諦観せざるを得ない、6年前町議に立候補した時のフレーズは「365日フル回転」であったが今は正直。重たく感じる。
明日は午前4時起床:実践倫理の「朝起き会」に参加し、参加者のパワーを
頂戴する事にする。


No(19)


■…2005年 3月 2日 (水).......公僕精神、今いずこ。
時津町は3月定例議会の第2二日である。
昨日に続き質問の内要は財政問題が主体で将来が危惧される。
合併問題で賛否両論に分れた議会ではあったが後遺症は残っている、首長の判断の正否は別にして曖昧な事が多すぎる。
折りしも長崎新聞東彼支局発「記者の目」コラムに感動的な記事を読んだ。 タイトルは「生き残りを懸けた決断」合併できず単独町政を選択した町の幹部職員が、住民サービス低下を招かずこれ以上の行財政改革を行うには人件費の削減しかない、と自負し50代前半の身を処して勇退するという。
記者は「終身雇用の公務員の世界でここまでの潔さはタブーかも知れない、 しかしある面、公僕としての究極の生き様を見る思いだ」と結んでいる。
私も「公僕の一人」であるが公務員と云う名の「公僕」は死語になり「公僕精神」は化石となったと思っていた。「生きた化石」を発見した思いである。
公僕とは:公衆に対する奉仕者、僕(しもべ):である、        、公務員(全てではないが)の職務、対応を見るとき本末転倒の気がする

No(20)


■…2005年 3月 2日 (水).......公僕精神、今いずこ。
時津町は3月定例議会の第2日である。
昨日に続き質問の内要は財政問題が主体で将来が危惧される。
合併問題で賛否両論に分れた議会ではあったが後遺症は残っている、首長の判断の正否は別にして曖昧な事が多すぎる。
折りしも長崎新聞東彼支局発「記者の目」コラムに感動的な記事を読んだ。 タイトルは「生き残りを懸けた決断」合併できず単独町政を選択した町の幹部職員が、住民サービス低下を招かずこれ以上の行財政改革を行うには人件費の削減しかない、と自負し50代前半の身を処して勇退するという。
記者は「終身雇用の公務員の世界でここまでの潔さはタブーかも知れない、 しかしある面、公僕としての究極の生き様を見る思いだ」と結んでいる。
私も「公僕の一人」であるが公務員と云う名の「公僕」は死語になり「公僕精神」は化石となったと思っていた。「生きた化石」を発見した思いである。
公僕とは:公衆に対する奉仕者、僕(しもべ):である、        、公務員(全てではないが)の職務、対応を見るとき本末転倒の気がする

No(21)


■…2005年 3月 3日 (木).......高所に立ち時代を読む。
国会では予算委員会で郵政民営化の集中審議がなされている。
小泉内閣の正念場で与党の郵政族議員から4分割事業経営に対して糾弾されている様が放映された、質問が枝葉末節で根幹が欠けている、之で国士なのか。 利害で変身する議員の言動に疑問をもつ。
21世紀、この高度文明社会で戦国時代サナガラの人間模様を見る思いだ。
郵便局の事業といえば近隣の西海町で本来役場の業務である、謄本、印鑑証明等の交付を始めた、「地方公共団体の特定事務の郵便局における取り扱いに関する法律」に基ずくサービスである。カネガネ私が予見した事柄である、次はコンビニに発展していくであろう。
IT社会は社会の構造、システムを根本から変えていく、時代を高所から見れば将来像が見えてくるはず住基ネットはその先駆けである。
視点を目先におく者と、将来におく者が議論しても接点はなく水掛け論であ
る。
4月から銀行もペイオフ実地、そして合併新法が制定され第2幕が始まる。

No(22)


■…2005年 3月 6日 (日).......堤義明の野望
日記を2日間書けなかった、
西武王国の総帥、堤義明が有価証券取引法に違反し逮捕された。
義明は私の好きな経営者の一人であり残念に思う、企業、組織は外圧には強いが内部要因には脆い。 
基はと云えば義明の独断経営に起因する、西武グループ160社余の事実上のオーナーが自らの経営体質を改善出来ずに招いた結果である。
社会も生き物、経営も生き物である、反社会的な思考では永続できない、創始者の康二郎は近江商人である、近江商人の商魂は「人よし世間よし己よし」、
である。義明は「世間よし」を無いがしろにした、これは自滅である。
人の道を説く「格言、ことわざ」多々あるが何百年の歴史の中で語り継がれた言葉には真理がアル、生きる指針として各々が立場は違えど先人の教訓を謙虚に受け止める要ありか。
そして日常の生活の中に生かす事が先人の苦労に応える事になる。
拘置所の独房で義明は雑巾がけしているという、古今東西を問わず栄枯盛衰は世の常で「奢る平氏は久しからず」正に歴史は繰り返された。

No(23)


■…2005年 3月 8日 (火).......私釈「冬ソナ」の秘密
漢流がチョットしたブームである。
韓国のテレビドラマがニッポンに輸入され放映されるや世のオバサン達に感動を与え、ペ、ヨンジュン人気が沸騰した。
私は仕事柄、韓国はソウル、プサン、テジョン、ジンセン、慶州、光州、水原
この25年間、渡航しているが「冬のソナタ」に特別何も感じない。
韓国で大ヒットした訳でもないこのドラマが何故ニッポンでオバサン達に大受けしたのか?こちらの方が遥かに興味があり関心がある。
<私なりに解析したい>
ドラマの中で韓国に今も生きている儒教の精神が出てくるが、我々も過っては親に教えられ体験した生活慣習であった、今は何処かに置き忘れてしまった。
そして純愛は永遠の願望であり、見果てぬ夢の世界である。
現在人は「飽食では有るが栄養失調」と酷評した人がいる、身体より精神の状態を言い得ているように思えてならない。
「冬ソナ」人気を考える時「失った心」と「帰らぬ時代」に懐旧の想いを馳せ
知らない内にオバサン達は「ハマッテ」行くのではなかろうか。

No(24)


■…2005年 3月 9日 (水).......生きている「松下幸之助」
雨がふれば 人は何気なく 傘をひらく
この 自然な心の働きに その素直さに
私たちは日ごろ あまり気ずいてはいない 
だが この素直な心 自然な心の中にこそ
物事のありのままの姿 真実をつかむ
偉大な力があることを 学びたい
何ものにもとらわれない 伸びやかな心で
この世の姿と 自分の仕事をかえりみるとき
人間としてなすべきこと 国としてとるべき道が
そこに おのずから明らかになるであろう
               松下幸之助「道をひらく」の巻頭言である。
幸之助は本来、商売人であるが超一流の思想家であり同時に社会改革家である、 終戦後の焼け跡が残る昭和21年PHP研究所を立ち上げ衆知を集めて明るく住みよい社会を築く運動に傾注する、晩年「政治と経済」は表裏一体の考えで「松下政経塾」を開設し 全国に若手代議士を輩出、塾生が松下イズムを政治の場で開花させる日も遠くは無い。私が尊敬する昭和の偉人である。

No(25)


■…2005年 3月10日 (木)....... 立場と人格は ?
国会議員の中西某が六本木でセクハラを働き逮捕された、深夜の2時頃らしい
酒の上とは言え情けない代議士がいたもんだ。
支持者にどう釈明するのか、信頼を裏切る行為は許せない。
法を作る立場にあるものが自ら法を破り弱い者を虐げるとは、分別は無いのか
人間は権力を手にすると時に豹変する。
本来の自我によるものか、権力、立場がそうさせるのか?他人の心理は分らないが、是も「情けない人間のサガ」なのか、立場と人格は比例しない。

枕崎から「お魚センター」の役員が来崎、長崎バスの関係者に引合わせた、
知覧〜枕崎〜指宿、ツアーである。
もうすぐ知覧のサクラも靖国に負けず咲き始める。
祖国の為に散った神風特攻の若者がセクハラ、DV事件等を見聞したら驚嘆する
日本の平和と繁栄(?)は「先人の犠牲と努力の結晶」である事を分別の無い大人達に知らしめるべきである。                      散るサクラ 残るサクラも 散るサクラ  特攻戦士の時世の句である。



No(26)


■…2005年 3月12日 (土).......我が「青春想譜」 PART−1
愛知万博が開催される。
開催地の名古屋は私には社会人としての原点の地である。
五島から名古屋に行き様々な体験をした、成人式も彼の地で上げ、独立開業の決断も、酒の飲み方も岐阜の柳ヶ瀬で習得した、そして生涯の設計も立てた。
都会の真ん中で仕事や遊びの上で得た友人とは今でも友情を持続している。
名古屋は歴史、自然、社会資産に富み人情味が豊かな風土であり、一番多感な時代に彼の地で生涯の想い出を作ってくれた友人達に感謝したい.     思えば運転免許で7回も落第し名古屋城の堀を遠回りして帰ったことも2度3度、 有る時はバーでハイボールを飲み社交ダンスを習い、ジャズ喫茶で深夜まで坂本九や弘田三枝子に歓声を上げ、帰りに屋台の中華ソバを喰いながら 友と女性問題や将来の夢を語り合った。 しかし妙に女性には余り縁の無いところ生きていた。                           万博のテーマは「自然の叡智」である、科学技術が如何に進歩せよ自然の叡智を超える事は出来ない、ヒトはこの「叡智の恩恵」に預かり生かされていることを自然の反撃で気が付いたが、果たして今から間に合うのか心配である。

No(27)


■…2005年 3月13日 (日)....... ホントに元気な二人の女性
最近のメデアで注目すべき事は女性の元気である。
ゴルフ界の藍ちゃん、さくらちゃん、卓球の愛ちゃん、フィギニアスケートの美貴(?)ちゃん、そしてマツケンサンバを踊る中年女性、はたまた前回もコラムで取り上げた「冬ソナ族」のオバサン達。
老いも若くもヤタラと揃って元気だ、それに引き換え男組はニッポン脱出した
「ゴジラとイチロー」、ライブドアのホリエモン位かヤヤさびしい。
同じ女性でもジットシテ元気な女性が2人いる、地味だがイブシ銀の如く存在感のある女性達だ。
桜井よし子と金美齢、二人は知る人ぞ知る時事評論家でありマスコミのコメンテーターである。
二人に共通して云える事は権力におもねる事なく、毅然とした見識を持って自己主張している点だ、フリーランサーの強みであろうか。
ホントに強い人間は熟成してから力を出す、特に金美齢は私が敬愛する女性であり、ホームページに白髪の女性とツーシュットがあるが彼女が金美齢であるよく家内と間違われるが恐れ多い事である。 

No(28)


■…2005年 3月14日 (月)....... 実録 「日本沈没」
「日出る国、大和」 大和朝廷の時代より大和の国{日本}で日本民族は生きて来た、今は昔の物語になりつつある。
日本社会はバブル崩壊後「空白の10年」を経て早5年、金融ビッグバン、規制緩和、行政改革、それなりの施策は打ってきたが 神風が吹くどころか天災のオンパレード,激甚災害で大和の国は補正予算に追いまくられている。
欧米の経済学者は西暦2008年に日本は破綻「日本沈没」を予言している。当たれば余命3年ということか。
小松左京の小説「日本沈没」の一節を思い出す、沈没が決定的となり、非常事態を前にした時の総理は思案の挙句、閣議で「内密にしたい」要請する、国民がパニックになり暴動が起きる事を恐れたのである、結末は国民の大多数が 祖国と共に海中に飲まれ、、難を逃れた人々は避難民として世界中に散らばっていく、形態こそ違えこの国の将来を予見しているようで恐怖を感じる。
「沈没した日本を再浮上」させるにはIMF(国際通貨基金)のカルテよれば消費税を20%にし、公務員の給与30%CUT,退職金は0らしい。
国が滅破綻する前に国体の抜本的改革を断行すべき事は自明の理である

No(29)


■…2005年 3月16日 (水)....... 特別交付税 「春から冬へ」
一般の人は「特別交付税」と聞いても理解出来ないと思う。
何か特別に徴収される税金では?と受け止めるのが一般的であるが、実は国から地方(県、市町村)に補助される自然災害復旧等の仕送り金です。
行政用語は難解で困ったものですが、懲戒議員クラスではドウシヨウモナイ。

平成16年度の特別交付税(交付金)が県より昨日報告され全国的に減額方向であるが、本県の市町村分は平均△1,4%であった。
特筆すべきは「非合併」の長与、時津(△30〜31%)川棚(△25%)で
憂慮していた事が現実になった。補助金額ではこの3町が宇久町の半分以下であり、反合併の反動がこの結果である。
 半人前の癖に単独で行政を打てるものならやってみろ!国の思惑が見える。
補助金額は大した金では無いので本町の財政に特別影響はしないが今後の普通交付金(財源の不足を補助する国からの仕送り金)の扱いが懸念される。
この度の国の措置がその前兆であれば 時津町は「春から冬へ」逆行する。



No(30)


■…2005年 3月17日 (木).......アガモたっしゃに。
今日は五等高校の同窓会の「当番幹事引継ぎ会」があった。
皆んな元気で良かったけど少なからず疲れた。
眠たくなったので10時10分就寝します。
明日は午前から午後にかけて明後日まで家に帰れない。
YOUちゃんアガモたっしゃにしちょけよ。

No(31)


■…2005年 3月20日 (日).......NPO:タスクフォースおりおん
NPO(特定非営利活動法人)タスクフォースおりおんを出帆させた。
記念イベントで「連凧の達人、世界一の中村清光さん」に協力を依頼した。
中村夫妻には20年来のご厚誼を頂いており私の知人の中では特異な存在
5月中旬、時津港から連凧を揚げる為に明日現場視察で同行をする。
中村さんの連凧は世界的で各国から招請され東奔西走しているが長崎の子供達をこよなく愛する一市民でもある。「凧」は子供に夢を与えると同時に、大人達を少年時代の童心に帰す。やるからには必ず成功させねばならない。
タスクホォースおりおんの活動目的は
○大村湾の自然環境の回復
○心(身)体障害者の自立支援
○コミュニテイビジネスの創造
以上3本です。
近じかネットでも会員募集を図る予定に付き志のある方はお願い致します。


No(32)


■…2005年 3月23日 (水).......成功哲学の世界
成功哲学という言葉がある、成功するための方程式である。
今流に言えば「IT御三家」ソフトバンクの孫正義、楽天の三木谷、一躍マスコミの寵児となったライブドアの堀江モンであろうか。
三人に共通していることは「夢」を抱き「時代」を先取り、果敢に「挑戦」、俺には出来るの「信念」を持って日夜努力をした事に尽きる。
夢が太ければ太い程、その道程は狭く険しく払う犠牲もある時は大きい。
つまり成功とは「犠牲と努力」の対価である、これを惜しむようでは何事も成し得ない。
堀江モンは若いけどナカナカの人物である、風貌がいい。
彼の生地は熊本の八女、孫正義は鳥栖、楽天は知らないけど地方なら面白い。
ジャパニーズドリームにチャレンジする気概が欲しいものだ。
コジンマリとした生き方をするのは60歳になってからでも遅くは無い。
孔子の論語に、30にして立つ、40にして迷わず、あと50,60,70まであるが至言である、姿勢を正し、目的を持って生き、自己を確立出来ればそれも又、人生における成功者である,市井の中にもそんな人が居る。

No(33)


■…2005年 3月24日 (木).......宝当神社:夢を商品化
佐賀県:肥前町にバイオトイレの現場視察にいった。
バイオシステムでは国内NO1の装置であり、富士山の実証試験で技術評価された新製品である。その後富士山には36台設置されたとか。
メカが単純でメンテの簡単明瞭さに感心する。帰りに唐津湾の宝当島を鏡山から眺望する。
唐津城から渡し舟が出ているが本日は時化の為欠航、聴く所によるとこの島に宝当神社と言うのがあり、宝くじの当選祈願者が発売前後に全国から殺到するらしい、ユニークな由緒のある島だ。鏡山で私も次回の一等賞金3億円の宝くじを買う決心した。
不景気になれば宝くじが繁盛するらしい、当たらないのを覚悟の上で「夢を買う」、庶民のいじらしさ悲しくもアル。
しかしこの島の宝当神社を宝くじにツナイダ人は偉い、会いたい位だが、由縁は余り知られていない。
時津町にも因果のある材料があるのでNPOで研究したら面白そうだ、機会を見て宝当島を訪ね参考にしたい「夢を商品にする」のは夢のある事だ。

No(34)


■…2005年 3月27日 (日).......手間、暇かけて。
コラムを2日間休んだ、飲み会が続いた為、サボタージュ。
大体において書けない時は飲み会である、男社会はノミニテーションで事が進むから貴重な要件と自己流に解釈して機会を大切にしている。
三月も残り僅か、年度末と重なり10分刻みのスケジュール、約束を忘れる事もシバシバで迷惑をかけ謝罪する事が増えた。
最近は多忙症候群にかかり時間一杯要件を作らないと、気が済まない人間に退化したような気がする。
時間に余裕が持てて初めて良い仕事も出来る、4月から遊びを入れよう、昔の匠は「手間ヒマを懸け物作り」をした、人間創りも同じで職人気質の この言葉には含蓄がある。
スポーツ、音楽の世界でも一流は幼児の頃より英才教育を受けている、人は8割方、幼児教育で形成される。
私も幼稚園の理事をしているが、本来なら役割は大である。心しなければ。

No(35)


■…2005年 3月29日 (火).......諫早市議選、史上最大の激戦を展開。
仕事を兼ねて諫早に行った、市長選:市議選の前哨戦で支持団体が水面下で選挙工作をしている、嵐の前の静けさか。
市長選が前面に出て、市議選が霞んで見える。
時津町議選の時の支持者から応援を依頼され関係の事務所に立ち寄り、五島関係の人にTELをした、島の人は温かい、同郷の好で快く応答してくれた。
混戦、激戦、の渦中で「徒手空拳、孤軍奮闘」候補者の姿は初戦時の私を見る思いがして、痛ましい。
「選挙ほど因果な戦いは無い」勝てばバンバンだが、負ければ支持者も連帯保証でツケだけが残る。出る以上は応援団に勝利の美酒を注がねばならない。
諫早の友人は当落不透明な気がする、勢いが余り無いのが心配である。
県央諫早は政治課題が山積している、諫早干拓、新幹線問題、諫早西部団地、いずれも問題意識と使命感、先見性のある議会を構築せねば対応できない。
議員に求められるのは大きな意味で世界観、歴史観、倫理観である。
選挙民は賢明であり、冷めた目で議員の日常活動を横目で見ている。



No(36)


■…2005年 3月30日 (水)....... ソクラテス 曰く「悪法、また法なり」
4月1日から個人保護条例が実施され、同時に銀行預金のペイオフ。    新しい法律が近時、目白押し=男女機会均等:セクハラ:DV:少年法、等々
益々,住み難い世の中になる。
社会が急速に変貌し現行法では対応出来ないから、新法制定しルールを作りペナルテイを課す、突出した一部の人間が法の整備をさせている、基はと言えばニッポンの法律は甘い、極悪非道犯罪には刑事、民事を問わず一罰百戒、厳罰に処し保釈金など廃止して国外追放、流罪、国籍剥奪、炭鉱送りにでもすれば
半減するだろう。
犯罪者に人権は無用である、人権は人格に付随する。
極論かもしれないけど政治家や官僚、公職に有る者は特別重罰の要あり。
これからもヘンテコな新法が新しい犯罪と共に制定されるだろう、はた迷惑な話である。
ギリシャの哲人、ソクラテスは不条理な法の裁きを獄中で「悪法また法なり」と敢えて受け止めた、世を語り人を説く者の生き様として見事である。


No(37)


■…2005年 4月 3日 (日).......ローマ法王、逝き 「コンクラーベ」始まる。
ローマ法王パウロ二世がご逝去、十億のカトリック信者は悲しみの喪に服す。容態が危ぶまれていたので、来るべき時が来た感である、コンクラーベと言う次なる法王の選挙が枢機卿によりバチカンのシステーナ礼拝堂で行われる。  法王が決まれば礼拝堂の煙突から白い煙が上がる、烽火で情報を伝達する方法は 中世そのまま現在の情報発信の手法からすれば面白い。
中世、キリスト教会は免罪符、十字軍、天動説、教会の腐敗等々、権威を盾に大きな誤りを歴史に残した。
故パウロ二世の功績は過ちを認め率直に謝罪した事だ。私も結婚を通してカトリック信者になったが歴史認識の部分で教会に疑問を持っていた。
神聖なバチカンでも聞けば勢力争いがあるらしい、所詮、人間社会は「建前より本音」が優先する。昨日の友は今日の敵、泥臭い事は町会議員選挙と同質か。
コラムを書く時間がなく時間との苦しい戦いをしている、テレビは殆ど見る暇が無い、忙しくなると世の中が見えなくなる、これが怖い。


No(38)


■…2005年 4月 4日 (月).......「スナメリ」は待ってくれない
大村湾のスナメリが琴海町の定置網に死体で上がった。
先般も西彼町海域で二体上がり愈々激減が危惧され、保護対策を早急に整備しなければ絶滅する。
漁師も生活があり定置網で生計を立てており、条例、規制の網は懸けられない
共存の折り合いを如何つけるか、難問である。
回遊ルートを調査しスナメリの習性を把握出来れば効果的な対策が立つのだが
NPOで長崎大学と共同調査、研究したいテーマである、自然保護課に提案を要す。
「長崎水族館の館長にスナメリを保護展示出来ないか相談」学術的要件が成立しないと難しいとの事であるが行間を読めば要件を確立すれば可能であり、検討を要す、「スナメリにきれいな大村湾を」の連凧フェスタが終われば此方も切り口を模索しなければならない。
NPOのスタッフを充実させる中で手分けして作業に当たりたいものだ。
やりたい事、やらねばならぬ事が山積している、スナメリも待っては呉れない
私の持ち時間では足らないがライフワークの一つにしたい。 

No(39)


■…2005年 4月 6日 (水).......「五島人気質」を思う
久方に五島 福江に行ってきた。仕事とは云えこの島に帰ると何と無く癒される、物理的には縁が無くなった島であるが少年時代の想い出がらは卒業できない。
鬼岳から望む五島灘、遥か東シナ海は将に母なる慈海で、疲れた心身を温かく抱いてくれる。
昨年8月福江島一市5町が合併新生五島市が誕生した、島内一丸となり「島おこし」の気運が感じられる部分もあるが如何せん市民の意識が今一つ危機感に欠如しているようだ。島育ちのなせる業か。
人間性は一流だが「和」の精神が基調で諍いを是とせず、故に進歩が無い、変革には摩擦がつきもの、摩擦の中に発熱があり、エネルギーが生じ進歩がある
野心のある青年には島の環境は拘置所と同じ、住むに耐えない。
然しながら都会生活者が余生を送るには最高の環境である、老後の生活に必要な要件を完備している、自然環境、人情、自給自足、居住空間、緩やかな時間
金では買えない「モノ」が満載されている。
この島に恩返しを持てる時間の中でせねばと述懐しつつ五島灘を後にする。。

No(40)


■…2005年 4月 7日 (木).......ガンバレ 小泉純一郎
ニッポンの国連常任理事国入りがここに来て暗礁に乗り上げそうだ。
竹島問題で韓国が反対の烽火を上げ、教科書、靖国参拝がらみで中国が強硬に圧力をかけてきている、本来なら「いの一番」に賛成すべきアジアの友好国である
ニッポンは外交ベタ、外野席で見ていてもあなた任せでサラリーマン外交官かと疑いたくなる。卑しくも国益を背負って立つ外務官僚なら身命を賭して対峙する位の度胸と使命感が欲しい。
小泉さんも民主党には年金改正、橋本一億円、で責められ、郵政民営化は自民党郵政族、抵抗勢力からも反発を買い、小泉おろしの風がチラホラ、中々改革の本丸を陥落出来ない。内憂外患とはこの事か。
小泉政権に自民党内は党内野党化の向きもあるが総理はよく頑張っている、行財政改革を大臣、議員とも口にはするが本気でやって居るのは小泉内閣だけ、
エールを送りたい。
誰がやっても100点は無い、合格点を取ればそれで上等である。
確たる信念の元、清廉潔白にして公明正大の政治姿勢を一貫すれば後世の史家は彼に多大な評価をするであろう。ガンバレ 小泉純一郎。


No(41)


■…2005年 4月 8日 (金).......県庁にてスナメリ談義
県庁を訪ね、NPO:タスクホォースおりおん主催の{連凧フェスタ}に対する県の後援を依頼する。
テーマの「子供たちに夢とロマン スナメリにきれいな大村湾を」の趣旨説明をす、県が進める「大村湾環境保全・活性化計画」との整合性もあり支援は期待出来そうである。
併せて担当課より「大村湾環境ネットワーク」に参加の要請を受け快諾する。
4月22日「海の森づくり こんぶサミットIN大村」も開催される、こんぶの養殖を通して海の浄化を研究する会の主催である。
大村湾の問題は湾岸住民の生活、環境問題である、立場、持ち場を越えて情報の交換、グループの交流は必須要件、皆であり勉強したいサミットである。
スナメリかわら版によれば学術名 鯨目ネズミイルカ科最小の鯨イルカ類で世界ではインド洋、東シナ海、揚子江、黄海、韓国、日本では瀬戸内海、伊勢湾
仙台湾、東京湾、有明海そして我が大村湾に分布する水産庁版レッドデータの絶滅の恐れのある希少動物である。
一日も速く保護に着手しないと朱鷺や西表ヤマネコと同じ運命が待っている。る。

No(42)


■…2005年 4月 9日 (土).......ああ、クオ、バ、デイス、、、
とんでもない新興宗教があったものだ、関西の団体らしく「金とSEX」を信者に強要、弱みに付け込み喰いものにしていた ヤクザ顔負けの乱行である。
テレビで教主の説教顔が放映された、品もセセラもないオッサン 信徒はなぜ洗脳されるのか、不可解なり。
気が弱く病める人間が 溺れる者ワラを掴む 例えか、世も末である。
オウムにしてしかり一流大学の学生が「麻原」に洗脳され尊師と崇め集団殺人に加担した、頭脳と良識は一体ではない事を思い知らされる。
社会で一番批判さるべき事は「キレイ事をを並べてウラで商売にする輩」である、私のところにもこの手の話が持ち込まれるがキレイ事を云う奴に碌な奴はいないから相手にしない。
ドッチミチ後で化けの皮は剥げる、最初から本音で勝負した方がヨッポド分りやすく説得力がある。
「宗教は儲かる」と新興宗教を事業的見地から立ち上げた教祖も今ナオ健在で繁盛している。天罰は誰に下るのか、ああ、クオ、バ、デイスと叫びたい。

No(43)


■…2005年 4月13日 (水).......諫早の陣 「漁夫の利」?
諫早市長選が終わって早三日、結果は現職のY氏が大差で当選 現職は強しをマザマザと見せられる。
市議選は新興勢力の郡部勢〈旧町)が予測に反して旧市議を圧倒した。
面白い結末である、私なりに分析をしてみると前者は新人候補(県議)二人の共食いが現職に当選をもたらしたと言えよう、新人が現職に挑戦する時のフレーズは「変革」が常用語である 真に変革の実現を達成する為にはまず勝たねばならない、変革を叫ぶ前に勝てる条件を構築するべき、その為には自らを犠牲にする英断も必要、己の野心の為に叫んでも人を説得は出来ない。   選挙民はよく見ている 漁夫の利を得たのは結局現職であった。。
市議選はどうか 私の知人は落選した 孤軍奮闘 徒手空拳 可哀相だが是も天声 本人と陣営の力不足は否めない。
それにしても郡部勢は頑張った、多良見勢候補は三倍努力をしたと思う、成功、勝利は努力と犠牲の対価であるはず、競争が緊張を生み危機感を増幅る多良見陣営は一枚岩になって運動を展開した、それに引き換え諫早群は市長選がらみで後援会が分裂したのではないか、市長選が無ければ諫早群が優勢であったろう。ここでも漁夫の利を得たのは多良見陣営か。
私の議員?任期も残り半分になった、光陰矢の如しである。

No(44)


■…2005年 4月13日 (水).......諫早の陣 「漁夫の利」?
諫早市長選が終わって早三日、結果は現職のY氏が大差で当選 現職は強しをマザマザと見せられる。
市議選は新興勢力の郡部勢〈旧町)が予測に反して旧市議を圧倒した。
面白い結末である、私なりに分析をしてみると前者は新人候補(県議)二人の共食いが現職に当選をもたらしたと言えよう、新人が現職に挑戦する時のフレーズは「変革」が常用語である 真に変革の実現を達成する為にはまず勝たねばならない、変革を叫ぶ前に勝てる条件を構築するべき、その為には自らを犠牲にする英断も必要、己の野心の為に叫んでも人を説得は出来ない。   選挙民はよく見ている 漁夫の利を得たのは結局現職であった。。
市議選はどうか 私の知人は落選した 孤軍奮闘 徒手空拳 可哀相だが是も天声 本人と陣営の力不足は否めない。
それにしても郡部勢は頑張った、多良見勢候補は三倍努力をしたと思う、成功、勝利は努力と犠牲の対価であるはず、競争が緊張を生み危機感を増幅る多良見陣営は一枚岩になって運動を展開した、それに引き換え諫早群は市長選がらみで後援会が分裂したのではないか、市長選が無ければ諫早群が優勢であったろう。ここでも漁夫の利を得たのは多良見陣営か。
私の議員任期も残り半分になった、光陰矢の如しである。

No(45)


■…2005年 4月14日 (木).......人生いろいろ。
人生いろいろ、男もいろいろ、女もいろいろ、大人もいろいろ、子供もいろいろ。
世界中イロイロだらけ、おまけに先生も色色。
イロイロだから面白いのかも知れないが 教員のイロイロは始末が悪い。
教育が根幹であるならば 教育者にこそ人間教育を要す、読み書きよりも生徒に対しては倫理感を醸成すべし。
立場を利用してのセクハラ行為は断じて許せない。
今夜は少し酒が入り眼むたくなつて来た。
人間イロイロだが分りやすく行きたいものだ。
ではGOOD NIGHT。(*^_^*)      GINTA


No(46)


■…2005年 4月17日 (日).......「虫も食わない」はなし
町政相談室を開設して6年になった。
以来数十件の相談を受け、ソレナリに対応して来たが、最近は町政問題より、
仕事、経済、生活、と人生相談的な内容が多くなってきた。
喜べない問題である、私自身が何を「ドウシタモノカ」の試行錯誤の毎日なのに他人の水先案内等出来る訳がない、係る相談は私のほうがしたい位である。
試行錯誤と言えば動物とヒトの違いはそこにある、ヒトは脳の進化で様々な情報、経験を分析して結論を出し行動をする その割には間違いだらけ、先日セミナーで「農薬と虫」の部分で、ヒトが食べる農薬散布の野菜を虫は食べないらしい、所謂 「虫も食わない」話である。どちらが高等動物か分らない、動物は本能的に生きているようだがヒトには解明できない「超感覚」があり直感で遺伝情報が伝送され生命を維持しているに違いない、自然界と共存する知恵もヒトより優れている 自然を破壊するような乱暴はしない ルールに従い粛々と一族と自らを守る為にその一生を費やす。
虫ケラとヒトは蔑むが果たしてどっちがエライのかと自問する、虫に人生相談を乞うかもカモシレナイ。    日新日進

No(47)


■…2005年 4月20日 (水).......福岡に激震が走る
二日間 博多、北九州に出張して来た。
関係メーカーの代理店会議と現場視察を兼ねて市場開拓の戦略を意見交換する
この間、国内外色んな出来事があった。
世界中のカトリック教徒が注目する新ローマ法王が決まる  (保守派の勝)
郵政民営化政府案が自民党内で喧々諤々の上執行部、一任   (小泉の勝)
ライブドアVSフジの和解 (小と大が大相撲 引き分け:ホリエモンの勝)
福岡では震度5強の激震発生     (大惨事の予兆か 科学技術も無力)

ホテルで就寝中、地震で起された、三度の激震で少し恐怖を感じる。
神戸 利尻 新潟 スマトラを連想 そして先月の玄海島 今回は博多の天神が震源地 地震大国のニッポンは超大型の地震で列島がアトランチスの如く一夜にして「海底に埋没」も無いとは云えない。
この国が消滅するとすれば自然災害と案外、21世紀ニッポン人の人間性かも知れない。
恐ろしい事ではあるが亡国の歴史を繰れば予見される事である。
  

No(48)


■…2005年 4月21日 (木).......「百年なき人生」 陽春
久し振りに西時津(現住所)公民館の寄りに参加して来た、途中で退席する。
私とはスタンスが違うが役員さんは皆、感心する程、献身的である。    地域の中で同じ空気を吸いながら私には到底出来ない事を自然体で務めてる、頭が下がる思いがする。
乾杯の音頭を取ったが本来なら私にはその資格は無い、公民館活動に付いては異議ありの部分もあるが 無償の誠意の前には返す言葉も無い。
戦後60年町村自治体の住民サービス下請け的使命で自治会公民館は運営されて来た、第一段階の役割は終焉したのではないかと考えている。
少子高齢化社会の中で現実的使命は行政の下請けを超越し水平姿向で自治体と住民の橋渡し 連携する立場が求められているのではないか?
単に自治会に求めるだけでなく自治会構成員として自治会とドウ関係するか、各人の役割は何か、問答も必要である。
GINTAは明日、明後日とエンドレス。
戦いは一生、勝敗は一瞬、百年無き人生を この時、この場 完全燃焼。


No(49)


■…2005年 4月23日 (土).......平坦であるが故に険しい
昨日大村で全国コンブサミットが開催された、コンブで海の森をつくり生態系の再生実現、を目指す運動である。
思いの他、盛会で各地の事例報告がなされ、水産学部の山口先生も分科会のパネラーで特別参加されていたが時間の都合で聴講できなかった。
資料は一通り貰ったので折々勉強しようと思う。
夜 自民党の時津支部定期総会 推されて総務会長に就任、ゴタゴタの多い
自民党であるが政権党であり、支部から県連 本部に地域問題を提言要望する中で解決できる部分もあるはず 職責を果たす上においては有用なりと、受ける事にした。
 飲みグループの同僚と例によって痛飲する 帰宅11時 00分
昨日は私事ながら結婚40年であった。
速いものであの時五島で祝福してくれた方々は半分以上他界している、私達も大概 次の節目に生きているか自信が無い。
そして今日、友人のご子息の結婚式があった人生のハイライトは瞬間であるが
夫婦生活は現実でありその道程は永く平坦であるが故に険しい。
 共通の目的を何処まで維持できるかによって二人の人生が決まる
 

No(50)


■…2005年 4月24日 (日).......トリトンで九十九島を訪ねる。
西海国立公園:九十九島にトリトン号(プレジャーボート)で行って来た。
行程片道2時間 「美しき天然」のモデルだけあり大小サマザマな奇岩島があり変化に富んで絶景かな、鹿子前はマリンレジャーの港町 日曜で賑わつていた。
九十九島の島々は100年前の自然がそのまま残り漁師やレジャーの人達が海に親しむ微笑ましい光景があった。
本来、海も空も自然は全ての生き物の住処であり、ヒトが独占したり破壊出来る権利は無い、 他の生物と共生を図れねばならない是が人間の叡智である。
空も海も限りなく大きく悠々とし自然体そのまま、浮世の出来事など全て飲み込んでくれる。
死んで土となり水となって自然に還元する運命を考えれば自然界は循環型社会である。
大きく生きるも一生、コセコセト生きるも一生なら 天地と共に自然の摂理に沿った生き方をしたいものだ。トリトンはミニ艇だが今日は良く頑張った。

No(51)


■…2005年 4月26日 (火).......二期目折り返し
25日のコラムが26日になってしまった。只今0時15分
議員2期目も丁度折り返し 改選まで余すところ2年である。
選挙時の喧騒と陣営挙げての選挙戦が遠い昔のような、つい昨日のような。
合併した町村の選挙があちこちで実施されている、乱立、混戦模様であるが 熾烈な戦いは選挙民に対して刺激になり覚醒効果が生じると同時に結果として議会議員のレベルは向上 望ましい事である。
わが町の次回選挙もこの旋風が吹く事を踏まえて対策を立てなければ負ける。
議員と言うものは因果なショウバイで常在戦場、日常勝負である。
県議選も新人が2,3人挙手する可能性もあり予断出来ない、少数激戦は今は昔の事でこれからは多数激戦の時代が来る。 兆候大いににあり。



No(52)


■…2005年 4月26日 (火).......ときつドットコム「フリーマヶット」に特別協賛。
5月15日時津はドット混む、ウオーターフロント公園でフリーマーケットのイベントがある。
NPOおりおんでは当日、第七工区で「連凧」実演である、子供から大人まで楽しめるデモンストレーションにしたい。商工会に特別協賛で相乗効果が期待でき楽しみ。
スタッフ募集に付き志のある方は歓迎したい、メールでお問い合わせください
ボランテアは思ったより大変な部分がある、強制できない弱みがある。

自主的なボランテアこそ価値があり 奉仕の精神を受けて貰えるではないか.
奉仕の連鎖が社会を救済し互助のネットワークが構築される。
議員である私の場合は「議員活動と誤解される危惧あり」と助言する友人も居るが誤解を恐れては何も出来ない、ソモソモ議員活動そのものがボランテア的要素で境界線が無く受ける相談の7割は議員レベルの用件ではない。
ナニワトモアレ荒廃しつつある社会環境の中 前途ある子供たちに「夢とロマン」をひと時でも与える事が出来たなら「連凧実演」は成功である。
NPOで1000人は呼び込みたい、皆さんの参加を会場で待っています。

No(53)


■…2005年 4月28日 (木).......国策は「百年の計」を要す
この所 天災 人災 外災 続きである、明るいニュースが乏しい。
然しながら考えてみると全て人間、社会に起因している、一つの警鐘と受け止めたい。
世界中の指導者は世界観を持って政治に当り後世に禍根を残さない社会を目指して国策を立てねばならない。現実を一市(町)民としてジレンマを感じる。
世界観を持てば何も難しい事は無いのだが目先、利害得失で物事を決めようとするから可笑しくなる、バランスがトレナクナル。
最近の事例では特に中国が歪んできた 経済成長率二桁を背景に自信をつけ「アシアの盟主」たらんと過っての怨念を逆手にニッポンに圧力を掛けて来ている感がし これからがご思いやられる。
近時自民党のガタゴタを見透かしての事、かと思うが国難は内患にあり、ダ。
今日 県自然保護課を訪ね5月15日の「スナメリにきれいな大村湾」をの案内をして来た、課長も担当も期待感を持ってくれた。
何とかしなければならない事は出来る者が何とかしなければならない すぐできる事はすぐに、金と時間がかかることは段階的、計画的に百年の計を要す。

No(54)


■…2005年 4月29日 (金).......「みどりの日」を思う
今日は「みどりの日」ゴールデンウィークの初日である。
昭和天皇ご逝去の日であり、生前は「天皇誕生日」であったが「みどりの日」に改名された。
最近は「日の丸」が軒先から消えた 国民の祝日なのに週休二日制とも相重なり祝日の有難さが消散したのか、今の未成年達はこの日の前身を大概知らないだろう。
それにしてもこの名称は余り説得力が無い、「目に青葉」の季節に因んで決めたと思うけど「みどりの日」に見合った行事があっても良い。
今流に言えば「自然に親しみ、共生を考える日」とすれば分りやすい。
動物(ヒト)と植物は生命の相関関係にあり 自然(みどり)に酸素を提供して貰えないと生きてはいけない事を再認識すべきである。
よしんば酸素はあっても人体にはカロチン、ゼアキサンチン他の色素が健康には絶対的に必要で黄緑葉野菜から摂取しないと持たないらしい。
そのように考えれば「みどりの日」に「日の丸」ぐらい揚げて自然に感謝の意を表さねばならない。 遅まきながら日の丸を我が家の玄関に飾ろう。

No(55)


■…2005年 5月 2日 (月).......アクセス「400回」達成 感謝します。
5月の初日であり コラム書込みをしようと思っている内に気が付いてみると2日の午前0時15分 1日が「アッ」と言う間に過ぎていく。
今日、アクセス回数が400件になっていた、つたないコラムであるが感謝したい。
当初の目的は情報の発信を主体的に考えていたが何時の間にか自分の思いをぶっつけている様で軌道修正せねばと反省している今日この頃。
世はGWの真っ只中であるが私は事案の整理に鉢巻を締めている 6月議会の準備 事業の戦略 NPOの決算 各種団体の総会 読書 資料整理 ハタマタ恒例の大村湾、海洋生物調査もこの期間中に飛び込んでやる慣例。
懸案の今年こそ「スナメリ」に会いたいものだ。
JR福知山線 事故の調査が国土交通省技術吏員により解明されてきた、時間に拘束され、スピードオーバーによる脱線 横転らしいが被害者の父親の言葉が印象的であった「この国は気が緩んでいる、企業、人も組織も」と物理的なことより精神的な原因を指摘した。
北朝鮮 韓国 中国が反日抗日の攻撃をして来たのも「気の緩み」を突いての事か。安閑としてはおれない。
 

No(56)


■…2005年 5月 3日 (火).......国なくして民なし」
5月3日:憲法記念日:我が家では「日の丸」を揚げる、最近は個人の家屋で国旗を見た事が無い 揚げる揚げないは個人の意思であるが憂うべき事の一つである。
思えば40年前 私の結婚式の時の引き出物に「国旗」をしたのを思い出す。
家族は右翼視されるので議員と言う立場もあり控えたら と助言するが気にする事は無い むしろ日本国民でありば本来こぞって掲揚すべきはず 日の丸を天皇崇拝と結びつける思想こそ短絡的で良識にが欠如している       日教組が教育現場で日の丸、国家、愛国心に異を唱えているが何処の国の人間かと疑いたい、今日、少年犯罪や青少年の素行を見る時 教育不在は誰の責任か 父兄も同罪であるが指導者の責任は免れない、「国なくして民はなく」「良民なくして国の将来は無い」人間教育こそ最優先さるべきである。
孫達が三系統(5人)きて チビギャングに占領され私の居場所がない 日の丸をバックにデジカメで記念写真をとる、せめて孫達にだけでも日の丸意識を
持たせたい。国の将来は子供達に付託される 意図を理解は出来ないだろうけど記憶には残る。故郷を離れて故郷の有難さ分るが如く国を離れて国の有難さが分る
このGWは空前の海外旅行らしい 帰国して国の有難さを感じる人が何人居る
事か。

No(57)


■…2005年 5月 4日 (水).......「ナン」というたべもの。
友人が時津で「印度カレーの店」を開業する事になり、モデル店を下見に福岡に同行する。
モデル店のシェフはインド人で「本場のカレー」と唸らせる旨さである ニッポンはビーフが主体であるが彼の地では「牛は神さまの使い」と敬われ 肉はチキンとポークとの事である、「ナン」と言う小麦粉に薄味を効かせた「平たいパン」の如きメニューがあり主食代わりにカレーを付けて印度風の食べ方を習ってきた。
現在外食の潮流はファミレスから専門店に嗜好が変化しているらしい お客の口が肥えてきた証、かと思う。
オーナーの話を総合すると「ナンバー1」より「オンリー1」が経営戦略で 日本人のベスト3は「ハンバーグ」「カレー」「ラーメン」の順、このメニューでオンリー1の専門店を開業すれば当たる確率は高いと断言していた
過って樹工時代 市場開拓で上版した時 道頓堀の居酒屋で隣り合わせた女性客から大阪で商売するなら「安い」「旨い」「速い」この3拍子と聞かされた事がある。私は「物づくり屋」であるが物づくりにも言える事と共感したが 外食で更に付け加えるならば、店に入れば「ホッ」とする「オチツキ」が 今求められている。ヒトにとって食事は「エサ」のみにあらず。

No(58)


■…2005年 5月 5日 (木).......平成元禄「無責任時代」のド真ん中
今は昔、昭和元禄と言われた時代があった、
オイルショックをクリアしてバブルがハジケルまでの20年位の期間である。
国民総消費次代で消費は美徳の風潮が蔓延していた。
アレカラ15年、世の中は大きく変化したが、最近、平成元禄を感じる。
民報テレビ番組は「コケ」オンパレード、、番組も人物も殆ど同じで辟易する
NHKも最近 質が落ちたと感じるが特集番組で救われる、コケ番組で一億総白痴に洗脳する心算かと「民報の良識」を疑う。
昭和元禄の後 未曾有のバブル恐慌が来たが、経済界は再編再統合、リストラ、あるいはアジア諸国に活路を求め、上場企業は増収増益の好決算に沸く、この間、パパ、ママ不在で育った子供が青年になり「ジコチュウ症候群」化  フリーターを職業と恥じることなく親の脛をカジリ「のうのう」大人社会でもJRの如きは大惨事を他人事扱い、国会議員団も似たり寄ったり、無責任が横行、この反動は「近い将来」必ず来る。
「天にツバする者は自らが受ける」ハメになる コレマタ自然自明の理である。 
スベカラク歴史が証明している。

No(59)


■…2005年 5月 6日 (金).......「史談会」総会にて
今日は「アフター5」から会合が2つあり、会議梯子をした。
6時30分よりNPO「連凧」実施要領の打ち合わせ、特別問題は無し。
7時30分より時津史談会の総会、次年度の事業計画、役員改選、その他等々
私が起案提言した「時津町内秘蔵文化財調査発掘事業」は継続検討、見合わせとなる。
「提案趣旨が充分に理解されていないナ」と感じたがその部分に関しては反論せず、実現可能な方法を再検討の要ありか。
会長辞任の件で異論続出す、心身の健康上の理由であるが個人の意思は尊重されるべきであり、慰留は人格を無視する事につながる。役員一任で決着する。
組織も動脈硬化を起したら末期的、新しい血をドンドン輸血して出来た時が変える時位の時宜を得た変革が必要、そこに進歩が生まれる。
史談会も分岐点、日本史の中で時津の果たした役割を研究するなど視点を変えれば新しい史実発見、再考察も生じると思う。
何事も「為せば成る、成らぬは人の為さぬなりけり」難しい事は何もない、、良い事をした者を咎める資格のある者はこの世に存在しない。「有言実行」

No(60)


■…2005年 5月10日 (火)
連休が明けたら用件ラッシュ、右往左往の毎日でコラム所ではなかった。
今日はNPO実行委員会、最後の詰めをする、一応準備完了する。
人事を尽くして運命(天候)を待つ、心境。
6月6日から6月定例議会が出発する、今回は一般質問を入れる予定。
5月9日、自民党時津支部、町議団で県に行き懸案の207号の交通安全対策事業化を要望する。
知事、議長、土木部長も理解してソレナリの約束?をしてくれた。
県は周辺住民のコンセンサスの可否を指摘したが一番の受益者は関係者であり、反対の余地は無い。
207号が解決すれば私の町議としての仕事は50%完了か、大村湾と抱き合わせて進行させたい。
今日「スナメリハタ」が完成、本番マジカになる。連凧が終わるまで「夜」の部を自粛。とす。
簡単のようだけどコラムも結構時間が掛かる、15分位で仕上げるまで当初書き訓練をやロシヤ民謡立てしあうをなければならない。

No(61)


■…2005年 5月11日 (水).......舌は真実のみを語らない
今年に入ってから「忙中閑なし」息が抜けない毎日で少々バテ気味な感。
疲れがたまると集中力、持続力、感性が欠落し物事を曖昧にしてしまう。
私は心身共にタフなタイプと自認しているが、今日は首筋が痛く、肩がこる。
議会から議会の間をヌッテ会社の仕事をこなしていくにもヤヤ限界を感じるが
仕事も「省エネでやるべし」と己を叱咤激励し毎日を送っている、、、、。
長崎市長が国連、NPT会議で核拡散防止に関して長崎原爆のアピールをした
三町(長与、時津、琴海)合併に関し消防問題での対応が思い出され気分が悪くなる、国際的な活動をしようと思うなら先ず自分の土俵で度量を見せるべし
冷ややかな視線は私だけだろうか?
人は権力を掌握すればかくも傲慢になるものか、真の人格者は立場で物を言わない、立場で物をいう者は私は安物と決めている。
真に普遍のモノは人格を形成する性格であろう、舌は道具であり真実、本音を必ずしも語らない。
その点、犬、猫は嘘も方便もない、分りにくい人間社会であるが故にせめて私の周りだけでも何事においても明快にしておきたいと思う。

No(62)


■…2005年 5月12日 (木)
時津町議会総務常任委員会(私の所属)の委員長選出会議があった、推されて私も挙手するが最終的に多数決になり不調。
議会構成も合併推進派 反対派の2グループで行動が分離し勢力争いの様相。
情けない事ではあるがこれが現実、多数といえども結束力が無ければ少数派に
負ける、町議会も永田町(国会)も同じ構図、選挙民にこの実情を如何にして伝えるか、難問である。

No(63)


■…2005年 5月17日 (火).......連凧時津の空に舞う
昨日、時津の空に連凧を揚げる事が出来た。
天候にも恵まれイメージどうりかと思っていたが揚げるまでが結構難儀した。
風が無風状態のため世界一の中村名人も苦労していた、凧揚げこそ「風と凧と人」の三位一体いずれが欠けても成立しないと痛感、然しながら子供達との約束を果たす事が出来、充実感はあった。

NPOの新会員さんも快くカナリ入会して呉れた、一つが終われば又新しい企画の始まり、恒例の「大村湾サマーフェスタ」が7月24日に待ち構えている。
part3になるので更に内容充実でカリキュラムを作りたい、速めに実行委員会を立ち上げる事。
仕事も忙しくなりそうな予感がする。18日は五島日帰り、20日商工会総会、 21日知人結婚式、etc 一般質問の整理、等々頭:身体ともフル回転か、
現在読書中の「国家の罠」も読破して返却せねばならない、元外務省官吏の
暴露手記で「ムネオ事件の内幕」が弁明調で語られている、事件を両面から見ると真の全体像が見えてくる、何事も複眼で見なければと改めて思う。


No(64)


■…2005年 5月17日 (火).......故:久保知事を偲ぶ。
懸案の諫早干拓訴訟 
福岡高裁が佐賀地裁の判定を覆し工事指し止めに対する中止命令を出した。国の勝訴で、沿岸の漁業者が敗訴である。
昨秋からの工事中断により補償額は幾ばくか、三権分立で司法が独立しているとは言え佐賀地裁の見解には疑問を感じる 90%超の進捗工事を佐賀地裁が指し止めた根拠は、単眼である。諌干に限らず大型工事には問題はつきもので
地裁は条件を付して対応すべきであった、何となれば国家の損害は国民が代弁者になるるだ。
金持ちケンカせず、と言うが貧乏県の我が長崎で「ウチワモメ」は県益を損なう、長崎空港建設時の 故久保知事の如き腹の座った交渉が出来ないものかと残念に思う、平和社会で小型人間があふれている。
昨日の「連凧」の評判は上等であった、各方面からメッセージが届き会員拡大にツナガッタが会費だけでは資金が不足 益々ビンボーになる 早急に財源確保作戦を実行する要あり。
トハイエ老若男女 立場 利害を超えてボランテア精神で奉仕できる事を共に感謝する。 



ボランテアも原資を要する 当面自販機作戦を展開する事とす。



No(65)


■…2005年 5月19日 (木).......「イマイチ」の毎日。
6月議会の一般質問の締め切りがこの24日、絞込みの段階に入る。
問題の多い時代であるが何が最大急務か精査して提言要望せねばならない。
関係の資料も大体予定通り収集出来そうであるので土曜日に一気に仕上げる。
時津町は議会放映をCATVで考えている、早晩実現するかも知れない。
ナマを町民に知らせる事は肝要な事ではあるが投資経費が門題、費用:効果の検証を議会も検討し、重要案件に対する審査能力が問われることになる。
物事には絶対必需とあれば便利、役に立つ程度のものがある。
CATVは後者に属する 金の程度と言う事になる、1億なら是としたい。
 議会質問は 「奨学金制度」の設置に関する事、
       中学生の性教育に関する事、
周辺に意見要望を求めたが提言はなし、私の社会的視点でマトメル。
本来なら持て余すぐらい提言を欲しい処であるが無関心なのか、議会を信頼しての事か不明である 恐らくは前者であろう。
本読みが進まない、仕事は一息、NPOも一息、全てが一息の状態。
走りながら諸事対応がスタンスであるがイマイチの毎日を送っている。

No(66)


■…2005年 5月23日 (月).......「異次元の空間」を楽しむ。
昨日の日記を今日書く羽目になってしまった 公私にわたる残務と整理をしていると一日が音速並みに過ぎていく。
昨日は友人の娘さんの結婚式が諫早であり「人前結婚の証人」になったがドジな式場の係りに証人宣言で新郎新婦の台本を読まされヅッコケタ、社員研修を
疑いたくなる。
途中抜け出し長崎浜町のジャズバーみたいな処でライブがあり友人のK氏と合流しピアノ:ベースのライブを鑑賞する、奏者はK氏の東京時代のミュウジシャン仲間でジャズの世界では有名な「イナバ」さんだった。
演奏は楽しく軽く奏でるものと思っていたが彼は苦しそうに体全体を没頭し重労働をしている風にさえ見えた 室内の雰囲気はまるでハリウッド映画の世界ケダルサが漂っていた。異次元の空間である。
70歳を超えてナオ打ち込む姿は畏敬に値する、演奏後K氏に紹介され暫し歓談。
本日最後の仕事で「NPO新規加入さん」の礼状、議会質問のマトメをする
「時津町奨学金制度の設定」と「スクールセクハラ問題」2件入れる事にした
色々な出会いがあり男の世界は結構オモシロイ、明日をどんな日にするか?

No(67)


■…2005年 5月27日 (金).......「天上天下唯我独身」雑感
今週も明日一日を残すだけになった、休みなしで走ったので週末にヤヤ疲れが出た、体が2倍ぐらい重たく感じる。
24日五島市日帰り出張、即 祐徳神社の宮司の「浄階」昇給祝賀会に参席 宗旨が違うので「ピン」とこなかったが宮司では最高位らしい。
祐徳さんはお稲荷さんツマリ商売の神様である、どん底で喘ぐ零細企業はワラにもすがる思いで参詣しているようである、私の人生観は「自力本願」である
天上天下唯我独身、祈願、参拝に関わらず結末の原因は全て己の生き方にある
私も余命幾ばくか?
健康が気になる年になった、「健康とお金」は失ってから価値がわかる。目的を果たすまで「願わくば元気でおりたい」もの。
友人知人を見れば確たる目的もなく毎日を送っている者がいる、羨ましい様な
可哀相な気がする。如何とも捕らえがたい。
時津町議会も10日後に控え本番前である、「洗心通天」の心境で望みたい。
月が替わり6月1日は64回目の誕生日である、歳がとある人間にナラネバ。



No(68)


■…2005年 5月31日 (火).......久保哲也「多事総論」63Y最後の夜
63歳最後の夜。
この1週間 最悪のコンディションであった、今日は主治医にカンフル剤点滴を打ってもらい立ち直る。
小さな過労の蓄積が一番タチが悪い、ある日 突然ガタがくる。
人生も同じで大きな試練にはシッカリ構えて対応できてが、小さな試練が連綿と続くと根負けし最後はギブ アップする、然るに後者の方が重大で厄介。
この時期に体調が崩れたのは警戒信号と受け止め姿勢制御?を、とも思う。
77:年次計画を確認 特別に軌道修正はなし、冥土の旅は各駅停車しつつ定刻通りと言う事か。
町政相談も注文が多い即時対処したいが調査で時間を要す(貯金3件)。
合併新法の中身が見えてきた(5月30日:朝日新聞)によれば、
1)人口1万人未満の町村
2)人口集積があっても生活圏が同じで合併効果期待できる地域。
3)中核:政令指定都市、誕生が期待できる関係市町。
時津町は2)3)に該当する、第2幕の環境を改めて検討すべき時が来た。

No(69)


■…2005年 6月 1日 (水).......私の中の「ドン、キ、ホーテ」
私が今日まで読んだ本の中で一番感銘を受けた小説はセルバンテスの「ドン、キ、ホーテ」である。
老いた主人公が少年時代の「見果てぬ夢」を求めてパンチョと共に冒険の旅にでる姿はハタ目には滑稽に映るけど侘しくも悲しい。
他人から見れば人は皆、滑稽な生き方をしているのではなかろうか、真実と価値観は己の内側にあり 本来他人が立ち入れる世界ではない。
精神の若さは永遠だが肉体の老化は歯止めが効かず 齢と共に益々距離が開いていく、、、これが一番の悲劇である。
歳を感じて精神の若さを抑えるのは不自然な事であり自滅行為に等しい、キ、ホーテは想いを叶えて人生をマットウした 少年時代に帰り、空想と現実の世界を彷徨いながらソレデモ実現した、老いたればこその旅であり老いてナオの旅である。人を指して「時空の旅人」と評した作者がいた、静座しても時は流れ 夢想空間に伏しても時は止まらない、生活の中に未知なる体験が潜み発見がある。
今日まで心身ともに健康でよき友人家族に恵まれ 体験においては二倍の人生を全力疾走、この先不明であるがドン、キ、ホーテ的生き方が私の夢である。

No(70)


■…2005年 6月 3日 (金).......「国敗れて山河あり」国難は心中にある。
財務省福岡支局長崎事務所の所長によるセミナーがあった。
日本国の現在の財政事情と将来展望についてである 統計とシュミレーションは説得力があり唸らせるものがあった。
結論から言えばお先「真っ黒」の将来である、想像していた以上に超最悪。
国力のバロメーターであるGDP対比国債、自治体起債の残高は170%。欧米諸国は70〜80%であるので倍近い、アルゼンチンが破綻した時が120であったのでニッポンはそれより遥かに危険水域である。
2010年プライマリーバランスをとるべく鋭意努力中と言うがそれで解決にはならない起債残高を50%に縮減できた時が真の財政再建である。
国地方とも大手術(改造)をしないと不可能である 国は財政再建の名の元、
地方分権、地方自治なぼキレイ事は抜きで強制的にワガママ町村を合併させ行政のリストラを断行すべきである。
21世紀は日本の時代とアメリカの経済学者が評していたのはホンの10年前
日本の時代は20世紀の最後の25年間、マバタキの瞬間で終焉した。
政治家行政官の意識の改革、予算執行のシステム改革等国民にも危機意識をもたせ臨時的特別措置法を要す、「国敗れて山河あり」眼前にきている。

No(71)


■…2005年 6月 4日 (土).......我輩は「赤帽」である
6月7日より6月定例議会が出発。
議員稼業の本番 今回は趣向をかえて文教問題だ。
*職場(役所)内セクハラ問題に対する対応について
*中学校における性教育のあり様について
*奨学金制度の設定について、、である。
モラルハサードが問われている社会問題、発生したら手遅れになる、中学生の性教育も触れにくい問題だが避けては通れない 教育現場で男女交際のあり方を学習させる事は肝要な事。
奨学金制度も生活困窮者に対する支援措置として必要、学力偏重ではなくクラブ活動で個性を伸ばしスポーツ文化部志望の生徒に対しても門戸を開くべき。
今回の一般質問は計11人が登壇、皆、平凡な質問ばかり、ヤヤねた切れ
町側に対する熾烈な質問が無いのは権力に対する迎合か。
役所が何故 地域住民をツカサドルノカ?
政事は本来、住民主体で住民の意向に沿った政策が実施さるべきである、業者や一部の人間がヘツラウので錯覚を起している、モット攻めるべき時は攻める
姿勢が必要、役所の為に住民ありでは本末転倒である。知事も首長も議員も
住民の番頭、用心棒である。私如きはサシズメ赤帽である。




No(72)


■…2005年 6月 5日 (日).......日曜に雑感。
久し振りに何事も無い日曜日、自由を楽しむ。
何事も無いとは言え、拘束されるものが無いだけで雑用は山積している。
静かなオフは値千金である、世間的に言えば私も定年組、毎日が日曜日である
定年の歳になって俄然忙しくなったのは今日までの「タタリ」なのか?
先日当地県議の県連幹事長就任祝賀会があった 土地の顔が大勢参加し盛大であった。
知り合いの少ない私であるがこの6年間で知己が増えた、議員は(*^_^*)が効かないと勤まらない、喜ぶべきであるが依然として異質のものを感じる。
特別、愛嬌を振りまいて人間関係を増やす気に成れない、自然の自分で勝負が
信条、議員は生涯の仕事ではなく 任期内の使命と認識している。
私の生涯任務は最終的には「ファミリー」と「自己の完成」「社会貢献」。
三要件をセットで抱き合わせて実現していく事、である。
一番難しいのは「自己の完成」気が遠くなりそうだが毎日毎日の中に秘訣がある、真摯な生活、大胆な行動、謙虚な精神、飽くなき願望、全てを指針にして時に生きる姿勢が必要、厳しい人生だがコレガ私の方向。

No(73)


■…2005年 6月 9日 (木).......モシカスレバ「挽歌」
6月議会、本会議が一段落、産業建設委員会の委員会付託案件を残すのみになった。
私は総務委員会であるので今回はパス、9月議会が本番になる。
今議会も些細な事に注文をつける発言が目立った、定例会には定例会の規範があるはず、電話で済むぐらいの質問は何も議会でやるべきではない場所をワキマエ位の見識を欲しい、「議会のレベルが住民のレベル」とよく言われるが情けない話、トンボでも議決となれば一票の権利があり数の内、選挙民にこの実態を察知して貰いたいものだ。
このコラムも今日で丁度、4ヶ月目である。!(^^)!ケッコウ ツカレル。
毎日毎日が同じようであるが 実際は未知の世界で生き、未知の要件に頭を抱えている、その時その場ベストの対応をしないと過去を再現する事は不可能。
議員活動に余り充実感はない、掛替えの無いこの時をこのような気持ちでいいのかと自問しているが、行政、議会の現実を見る時、視点がボケテいる看過できない、然しながらこの構成員は他でもない住民が選択した事。
ニッポン全国こんな調子では企業、国民がいくらガンバッテも先は見えている親方日の丸をミンナ謳歌しているようだがモシカスレバ「挽歌」かも知れない。



No(74)


■…2005年 6月11日 (土).......「ひょうたんから駒」を期待する。
国道207号線時津〜長与間の拡幅整備が交通安全対策事業として策定される目鼻がついてきた。
これは私が平成16年9月議会において一般質問の中で取り上げた要望の延長にある、この区間の交通事情は危険極まり何時犠牲者が出ても可笑しくない、
むしろ出ないのが不思議なくらいの場所である、危険箇所であるが故に神経を使い事故がないのかもしれない、そう考えれば何もしないのが事故対策かも知れないが、発生した時は行政責任を問われる事になる 問題は危険箇所を黙認して町は県に県は国、町、に責任を転嫁する体質が怠慢、無責任である。
議会人も行政の責任の一翼を担っており、地域の人たちに説明が付かない
自民党時津支部の町議団の一員として県知事、県議会議長を地元の三好県議共々訪ね工事着手を要望した、次は今月23日自民党本部(国会)に上申の運びである、町や県が出来ない事でも自民党レベルでは持ち込める、結果はおいてアラユル手立てを用いてもヤルベキコトはヤラネバならない、
客観的に考えれば無為な行動と思えない節もないが「ひょうたんから駒」の諺もあり、、イズレニシテモ地域の問題は町議の問題として使命を果たさねば。

No(75)


■…2005年 6月12日 (日).......「オジン同士の合コン」話せばワカル。
大村湾サマーフェスタを8月8日に延期する事にした。
内容についても再検討、前段の長大水産学部 山口教授の「大村湾に学ぶ」はPART3として実施、ボランテアとグルメパーテイの要領を今から検討とし
出来れば自然体験を主体にしたい。
合せて「時津夏祭り」にNPOとして出店し「おりおん」をPR、早く事務局を充実させNO−1にしたい、今回の理事会で2名増員、最終的には10名
会員のレベルが会のレベルと考えれば見識のある役員で構成し名実ともに評価される団体にする要あり。
第一に原資の調達能力が最大急務、軍資金を各方面に寄付依頼し会員の負担を軽くしなければならない、幸いNPOの周辺に理解のある人が多いので助けられる。 
昨日は第二土曜会で痛飲した(帰宅12時)、「土地系の人と新住民系と合コン」す、言ってもオジンが主体であるがケッコウ盛り上がり内容のある会合になった、私も新住民系であるが孤立した新住民の方には「郷に入っては郷に従え」で土地の慣習を習い、ツキアイを要す、この辺にも私の使命がある。 

No(76)


■…2005年 6月13日 (月).......「縦型社会」の好事例を発見
初夏の兆しが日一日と強くなる、ここ1ヶ月 土日が悪天候で、平日に好天、何と無く割り切れない。
今日、北松小佐々町の県水産種苗センターに仕事で行った、15年ぶりの現地訪問であるが看板が樺キ崎県漁業公社と併設されていた。国県が進める構造改革の一環で「官設民営」の衣替えである。
事務官、技術吏と商談をしたがコスト感覚が確立されているのに驚く。
これは役所の縦型システムの好事例かと感心する 上意下達の縦社会は指示通達が徹底する、従業員も愛想がよく役所の臭いがしない、時津の漁協も此処から稚ナマコを買い付け大村湾に放流されているのかと思えば感謝心が湧く。
「官から民へ」の行革がジワジワと進行し成果を挙げている現場に思わぬところで遭遇しこの片田舎に隠しているのが勿体ない気がする、行政の先進地視察で遠隔地に議員団は研修旅行に行くが、こんな近くに先進事例があることを軒先から学ぶべきと思う。
「灯台下暗し」と言う事か、恥ずかしながら私も不勉強であった。
仕事を通じ社会勉強ができ、教訓を得れれば もう一方の儲けである。

No(77)


■…2005年 6月15日 (水).......行政、議会改革の特別委員会設置さる。
6月丁度折り返し、議会も閉会になる。
議会の中でも有形無形の利害得失で色んな発言が出て来る、将に疑怪である。
20人居れば20の意見があっていいのだが根回しが先行し自分の意見を出せない情けない議員がいる、自分の使命の何たるかが分っていない。
係る議員は住民代表の資格がない、と思うけど本人は気づいていないのだから
ナオ始末が悪い。
議会の中に行政、議会改革の特別委員会が出来た、議会議員もモット勉強して常に対案を出せる位の見識が必要、議員定数削減も身近な問題、避けては通れない、思い切って16人でも良いのではと思う。
議会が町に求めるなら、議会、自らがエリを正して望まなけれ説得力がない。

No(78)


■…2005年 6月16日 (木).......「兄弟横綱」に学ぶ
私の好きな歌の一つに「男はつらいよ」がある、テキヤの寅さんのテーマソングである。
歌詞に人情味があり、哀切感がある。
とくに目方で男が売れるなら〜こんな苦労はかけまいに、のくだりが何ともいえない、、、、。
人間だれしも世間に対して何らかの不満をもっている、真面目にがんばっても評価されない、実らない 之は人生の悲劇である。
考えてみれば我が愛する「ドン、キホーテ」と寅さんは重なるところがある。
自分に忠実で天真爛漫、ともに架空の人物であるが「夢とロマン」に生きる主人公を創造した作者は共に実在の人物、「ドン、キホーテ」「フーテンの寅さん」が永遠の名作である訳は誰しもが抱く「自由奔放」「純真無垢」心の世界を物語にしたからではないだろうか?
二子部屋の親方が死んで、過っての兄弟横綱が財産相続をめぐり骨肉の諍いを演じている、悲しいかな世間の物笑いになっている事に気が付いていない。
和製「鈍、奇布袋」か、直径8mの土俵人には無理からぬ事ではあるが人物が焙り出された感がする。
何事もなければ人物も横綱並だが、凡人以下に成り下がった、哄笑する勿れ
私自身も案外気が付かないところで同じような事をしているかも知れない。
亡き母には諺で人の道を教えられた「人のふり見て我がふり直せ」教訓である

No(79)


■…2005年 6月19日 (日).......無題
朝から町政相談室に町営アパートの駐車料の事で電話あり。
町から今日まで無料であったものを有料となり 減額措置の相談である。
聴けば年金生活者も数世帯あり困ると言う事、申し出は、町の事情は理解できるが生活に関係する問題であり再考を要請したい 金額は些少乍、重たい要件である、当方はどちらの事情も分るだけに板ばさみである。
頭では分るが腹では受け止めれない、この様な事例が沢山ある、他所にも関係する部分があり簡単にはいかない用件だ。
兎も角状況調査をした上で何らかの対応をしようと思う。
相談が入るのは有難い事であるが、答えを出さないと評価されないトコロニ難しさがある。
行革問題が地方にも浸透してきている、民間のシステムを規範にすればなんてないのに、マダマダ役所根性が土中にドッカリ根付いて権能を立てに耳を貸さない 彼らにとって住民とは奉仕者なりである。
6月も残り10日、時間だけはマッハレベルで進行、積み残しが毎日増えて行く、この先が不安である、トドノツマリハ道半ばでジ エンドか。

No(80)


■…2005年 6月20日 (月).......自戒:自嘲 「美は乱調にある」
この年齢になって他人の有様が見えてきた、人間誰しも人を量るとき自分を物差しにして人を量(測)ろうとする。人の心は計り知れないから自分の心に照らして測ろうとするのは自然な事であり物差しの一つかと思う。。
然しながらやはり他人は他人、自分の見立ては確率3割かそれ以下、言葉と言う道具を巧みに使い翻弄する輩がいる「情に走れば流される」世の中であれば「情けは禁物」で「他人の為ならず」と自戒す。
自分の物差しと他人の物差し、経験と言う物差し、常識、信用、様々な物差しを当てる要あり、視点を客観的に置換する要あり。
一日の中にも身辺で色んな事件がある、喜怒哀楽が必ずある、これが日常。
今日昔の友人からメールが来た、青春時代に将来の夢を語りあった時代が懐かしい、半世紀近くにもなるが学友で出発点は同じだった、山を越え谷を渡り、遥か彼方に来てしまった気もするが一歩も踏み出していない気もする、人生の経験だけはシッカリ蓄積したが自分の精神構造はどうなのか、疑問である。
日常舞台で「喜怒哀楽」を摩り替えて受けて立てる処世術を身につけた丈の事
大人になると言う事は役者になると言う事か?
情けなく、滑稽なことと自嘲したくなるが 之も生活の一端で「美は乱調にあり」と許容している部分もある。



No(81)


■…2005年 6月21日 (火).......時は生命なり。わが自鍼言
最近、何も考える事がなく空白の時間帯が時々ある。
映画を見ているような無心、無我の漠然とした精神状態である。
今日まで起きている時は常に何か考え、何かしていた自分であるので不思議な空間にいる気分がして恐れを感じる。
長崎県建設リサイクル:木材チップの再利用研究委員会の委員を委嘱された。解体住宅から発生する木材を再生、有効活用する研究委員会である。
メンバーは長崎大学工学部助教授(2)県土木部技術情報室(1)リサイクル業者(2)と当社の私である。
本日の会議は研究方針と日程、役割分担、その他であつた、大学も県もスタンスが変わったと感じる、今まで業界に下りては来ず、待ちの姿勢であった。
歓迎すべき変革、業界も対応しなければ乗り遅れる。
NPO:総会の資料も月内提出の運び、少しづつ形ができつつある。
ジュリアンの仕事も薄明かりが見えてきた、目指すは開聞岳ぐらいか?
限られた時間の中での設計、無為には送れない。時は生命なり。


No(82)


■…2005年 6月22日 (水).......明日からTOKYO
今日は忙中の忙 慌しい一日であった。仕事で諫早干拓に行く 調整池の水質浄化をビオトープで実証試験をするに当りフロートシステムの提案である。
リサイクル材料による構造物製作を説明、検討を依頼する。
諌干問題も二転三転、行政訴訟にまで発展したが工事再開で現場にも活気が出て来た。
計画段階なら是非を問うのは当然ではあるが事ここに至り、議論の余地はない
諸処の問題が発生するのは当然の事で物理的な問題は解決できる、厄介なのは心情的な事と、問題をネタに補償 賠償を要求する一派であり、共産系が扇動し事を大きくする。
昨日のテレビでプロゼクトXを見た(私の一番好きな番組)IH電磁波コンロの開発物語、35年の日時を費やし製品化 恐るべき努力と執念で大変な犠牲も払った事だろう、正にやれば出来るの証明、苦労人が報われた最高のモデルだが忘れてならないのは 研究に専念させた会社も評価さるべきである、
問題は限られた時間の中で結果を出せるかである、時間と環境が与えられれば大抵の事は実現できる、この研究者はよい環境に恵まれ努力が結実、幸運である。
明日から東京である、今まで幾たびか上京し折々の用件をこなしてきた、今回は国会陳情、自民党本部の三役を表敬訪問だが目的は国道207号拡幅整備工事の予算化である。私の議員活動の最大の課題であり、時津にとっても最大急務の事案。
留守の為コラムを二日間、休止。

No(83)


■…2005年 6月24日 (金).......政治は「パワーゲーム」
東京に行って来た、自民党時津支部の議員7名、町長、三好県議計9名。
23日、国土交通省道路局長、河川局長に国道207号、時津川の河川改修の予算措置を写真説明し要望、自民党本部に阿部晋三副幹事長、武部幹事長、久間総務会長、与謝野政調会長、谷川代議士を表敬訪問し要望事項を陳情する、感触を得る。(後日 写真紹介)
夜、赤坂で懇親会 土佐料理を食す。
本日は早朝より近くの築地市場を見学、サスガに東京の台所、圧倒される。
マグロの相場は築地で決まる話は聴いていたがマグロがゴロゴロ散在、珍しい魚や海産物が所狭しと店頭に置かれており、生活の勉強をする。
私の目当ては五島の「ミナ」が築地で商品にならないか、であったので物色
似たような物がKg/1700で卸値。何とかなりそうな予感。
時間が余って銀座に足を伸ばす、4丁目の角で宝くじを30枚購入する。当たれば一等3億円 一生寝て暮らせる。
駆け足の上京であったが手応えを感じ充実した出張であった。
この陳情が実現すれば胸を張って支持者に説明が出来る。それにしても政治は「パワーゲーム」である事を痛感する 久間さんは実力者である。

No(84)


■…2005年 6月26日 (日).......我が「青春想譜」 PART−2
三月十二日に我が「青春想譜」PART−1、名古屋編を書いたので先日の上京に寄せて今日は東京編を書こう。
私が始めて東京に行ったのは19歳の時、60年代、安保改正問題で与野党が乱闘友人は全学連の活動家で公安がマーク、名古屋逃亡を相談された、もう一人の友人は新宿、今で言えばカルチャーショックを受け都会に失望し自分を見失っていた、国会議事堂前に立ち、何日に日か中に入るぞ、と思ったものだ。
その後、開業資金稼ぎに大阪の運送業に転職、高速道路もない時代東京〜大阪の深夜定期便のトラック野郎、五日おきに深川の支店をとんぼ返り厳しい労務であったが野心に燃え若さの特権か苦にはならなかった、憧れた東京ではあったが日本が高度成長期に入る時代で人間関係など生まれる余地はなく、孤独な職業で「東京砂漠」を痛感。会社を長崎に立ち上げ、オイルショックの真っ只中、大仕事の商談で三菱本社を訪ねた矢先、本社爆破事件に遭遇、オッタマゲたのも懐かしい想い出になる。
五島から上京してきた母とは靖国、護国、皇居等々「東京だよオッカサン」で
親孝行の真似事、母も未だ若く銀座で一緒に撮った写真は今も部屋に飾っている。その後も死んだ叔母の相続絡みで銀座の画廊にレオナルド藤田の絵画(時価:1000万)問題で山田正彦弁護士(代議士)に訴訟を依頼、数々の記憶が去来する、花の東京の想い出は断片的で繋がりがない。ドラマと言えばドラマか

No(85)


■…2005年 6月27日 (月).......虚無僧になりたい
深夜テレビのチャンネルを回すと在りし日の「司馬遼太郎」のインタビュー画像が出てきた、NHKの「日本の映像」シリーズものである。
20年前の映像であったが話題は昭和の人物像についての批評であった、司馬遼太郎の視点では国士たる政治家が居ない事を嘆き、国の将来を憂いている
明治、大正、昭和の初期には歴史観、世界観、人生観をもった国士がおり、社会の規範が整いうまく回転していた、又個人は各々が立場を弁え男なら潔く、女は従順に、健気にかつ懸命に生きていた。と語っていた。
あれから25年、今の日本はどうか、悲しいかな日本社会は退廃化に一直線である。
会社で言えばその場しのぎの係長レベルだけはゴロゴロしているが50年、 100年先を見据えて捨て身なって向かって行く指導者はいない、平時に傑物は出ないと言うが平和な現実のなせる業なのか。私の人生目的を「自己の完成」においていたが実際、具体的に何をどう完成させるか的を絞れずにいたが亡き遼太郎に教えを頂いた、即ち「自分に正直に生きる事を貫く」である。
今までの姿勢を崩さずヒタスラ忠実に生きる、虚無僧の世界に等しい。

No(86)


■…2005年 6月29日 (水).......無題
今日の日記が明日になってしまった。
一人酒を飲み「寅さん」の歌を歌った、男はつらいよ、である。
今日は久方にマイペースの一日であった、仕事が思った様にいけば満たされる
走り出せば何とか成るのだがアレコレ考えている内に物事は過ぎて行く。
百人一首の和歌に「明日ありと思う心の仇桜、宵に嵐の吹かぬものかへ」である。
カンタロー。

No(87)


■…2005年 6月30日 (木).......呑舟の魚は支流で泳がず。
一年の折り返しの夜である。あと半年で又一年が過ぎる こんな調子ではアレヨアレヨと言っている内に一生が終わりそうで末恐ろしい。
友人の大学教授が定年退職して現職時代に出来なかった個人的な研究に専念したいと自宅に籠った心境が何と無く分る気がする。
私の議員としての任期ももう折り返しを過ぎて残すとこる1年10ヶ月であるソロソロ選挙態勢に入る時期に来たらしく同僚は動き出した。私も秋から助走に入る、次回の選挙は定数削減で厳しくなる、行政改革も議会の改革も一気にやらねばならない。仕事もNPOも議会活動もフル回転である。
ふるさと館に「ニシミナ」がキロ/600円、サザエはキロ/1000円である
自由の身になれば取り組める仕事である。
時津支部、三役で今後の件相談する、国道207と行政改革、議会権能の回復
的を絞って仕事する、与党としてのプライド、使命感を持って一枚岩で活動する事を確認する。正々堂々大股で大道を歩く 「呑舟の魚は支流で泳がず」之は私が青年時代に心がけ自分に言い聞かせてきた気概である、生きる中で道は多岐に渡り状況判断に迷う時、格言、古典の中にヒントが必ずある。

No(88)


■…2005年 7月 3日 (日).......「筋を通す」生き方
今日は三好県議の県連幹事長就任祝賀会:政経セミナーである。
三好県議は言わずとしてた時津選出の県議である、県議12年目にして幹事長の要職に就く。
キャリヤ議員が不祥事(小林:加藤)国会選出(北村:谷川)市長選に鞍替えと慌しい議会変遷の中、筋を通した議員活動が実り幸運にも開花した。
人間生きているうちは「筋を通す」事の大切さは学ぶところがある。
「自己の完成」を終生の課題にしている私の生活心情の中にこの事も付け加えておこう、「筋を通す事」と「自分に忠実に生きる事」はある部分で接点がない事も予想されるが「筋を通す」事を優先すべきと決す。
会社で今月からISO取得に向け研修に入る、ISOはある目的を果たす為の「マニフェスト」を作り、其れに基づきヒタスラ実行する事である、結果はその延長線上にある。
人生に付いても言える事で遅まきながら私も余生の「マニフェスト」を作り無駄、無理の無い生活の再建をせねばと思う、老いて尚、人生至る所青山あり。

No(89)


■…2005年 7月 6日 (水).......「渇しても盗泉の水は飲まず」今いずこ
梅雨に入り湿度の高いウットウシイ毎日ながら最近少しコンデションが回復してきた。
6月は議会が入り仕事は中途半端に終わったが今月からエンジン始動で追い込みを駆けなければ一年棒に振る、公私共にフル回転を目指す。
国会では昨日、郵政民営化法案が衆議院で可決された、キワドイ票差であった反対派議員に対する処遇が注目される、小泉さんがどう出るか、関心がある。
挙げた手をどうするのか?知恵の見せ所である。
郵政民営化は一般の人にはドチラガいいのか解り難かろうと思うが、郵便貯金の預金が特殊法人、公団の事業原資になり族議員と天下り役人の懐に入っている事を考えれば、いくら国が行政改革、財政再建を叫んでも片手落ち、〇〇〇の世界と同じで資金源を断たなければ暗躍跋扈させる、私は郵政民営化は何としても実現させなければならない最大の要件と思う、民営化法案が実現してから経過措置の期間中に走りながら過疎地域に対する扱い等は時間をかけて考えれば良い、JR、JTともに民間移行してサービスも経営も改善された、議員も界も利害得失で動いている、本音を出さず問題をすり替え注文をつけるから解りにくくなる、世の中「こそ泥」が多すぎる、「渇しても盗泉の水を飲まず」の義人は砂山で砂金を探すに等しい世の中になったのか。

No(90)


■…2005年 7月 7日 (木).......赤坂の夜は更けて、
7月7日七夕の日である、織姫と牽牛の一年一回の逢瀬の日であるが 今は昔、夜空を見る事もめっきり少なくなった。
世相は刹那的な恋愛に明け暮れ純愛など夢物語、隔世の感がする。
今朝は4時起床、朝起き会に参加、早朝より気合の入った出発をする、尊敬する長与町のM女史が良い事を言った曰く「家庭で夫婦がいがみ合いをすれば亭主は8人目の敵を外ではなく家の中に作る事になる」昔は世の中狭かったから7人の敵で済んだけど、グローバル化した現在は軽く見ても3〜4倍はいる。
「姿なき殺人者」の事例も有り得る事で故意ではなく善意の助言が時には死に至らしめる結末もある、人はこの世で無意識に「善意の殺人」を犯しているのでは、と問題提起、女の感性は男と違うナ〜と感心する。
ロンドンでサミットが開催、Mrコイズミは今頃バッキンガム宮殿で晩餐会か
郵政が一山超えたけどコイズミ人気は不支持が過半数を超えた、ポスト コイズミで政局が動く、衆院解散で選挙にでもなればニッポンはドウナルノカ、悪くはなっても良くはならない、良くも悪くもMrコイズミは変革の士である、思想反骨の政治家である、時代がコイズミを求め 今、コイズミを排斥しようとしている、社会は気まぐれで無責任、、欲張りである、こんな土壌には良い政治家は生れて来ない、平成の乱は夜の赤坂で粛しゅくと侵攻している。

No(91)


■…2005年 7月 8日 (金).......時津版「議会と行政の改革」の課題
先日の時津版「議会と行政の改革」特別委員会で委員長:副委員長の選任があった。私も委員長に同僚議員から推薦されていたが選挙の結果、背信議員に拒否され落選、誰が委員長になれ目的を果たせば良い事であるが「民間レベルの行政システム」を標榜している私には少し悔やまれる結末である。
同僚議員の何人かは委員長ポストや議長ポストを頼み込んでまで取得したいと工作をしているが私は天地神明に誓って頼み込んでまで成りたくない、然しながら推薦、若しくは役回りが来れば、卑しくも議員たる者、謙虚に天命を甘受すべし、義を見て為さざるは勇無きなりである。
時津の課題は
1)議員定数の削減(16名)でも良い
2)普通旅費の撤廃(1200円:町外出張手当)
3)収入役の廃止
4)退職時の特別進級(退職金の上澄み)
5)公共工事:入札制度の見直し
6)会計検査:外部監査員の導入
7)議員のモラル向上。     
  議員生命を賭けてでも実現に邁進する

No(92)


■…2005年 7月 9日 (土).......「岡目八目」に学ぶ。
西日本は空梅雨かと思っていた矢先、昨夜から大雨に見舞われた。
このまま滞留するとの予報であるが恵みの雨とはこのことか、農家の方には慈雨であろう。
天は良くしたものでギリギリのところで手を打ってくる、雨水の有難さを改めて認識す、考えてみれば同じような事が人間社会で良くある。
コイズミ流の政治手法も似たようなもの、郵政民営化の参院対策も恐らくはギリギリのところで可決であろう、解散は自民党の墓穴になりかねない、お互い強がりは言っても選挙は怖いし第一カネがカカル。
コイズミはケンカが上手いから捨て身で反対派に対峙する、多勢に無勢でも
捨て身に成った方が勝つ、外野席から見れば岡目八目で局面が見えてくる。私の政治姿勢も客観的に見据える必要ありか、言動の一致 真実 公明性 謙虚さ 実行力 社会正義 等々。
今日は一日中、部屋のカタズケと書類の整理、充電しながらの個人的な仕事は気まぐれ的で楽しい、世の中は百鬼夜行で物騒だが、一人の世界は天上天下唯我独尊、この歳になってやっとこの境地に立てる、戒なるかな快也である。

No(93)


■…2005年 7月10日 (日).......夢のとロマンの宇宙旅行
友人のインド料理の店が今日プレオープンし、招待を受けた。
ネパール人のシェフが二人大奮闘、インドの日常食ナンを焼いていた、彫りの深い精悍なシェフである、祖国を離れ異郷のニッポンまで出稼ぎに来る根性は見上げたもの、心意気が伝わって来ても不思議ではない。
出稼ぎと言えば時々行く思案橋ロシアクラブの彼女達も命がけで仕事している目的を持って生きる姿は美しい、安逸な生活を捨て手段としての職業は如何あれ、行き掛かり上の事、人格とは関係ない。
途上国の人達が助け合い、全力で生きている、タフで健気で真剣である。
時津町も外国人が増えてきた、彼等はトラブルがあっても持って行き場がない
ニッポンほど外国人に冷たい国は無い、先進国言えども後進国である。
政府は国連の常任理事国入りに色気を出しているが時日を要す、先ず人間がグローバルに成らねばならない。
オレがワレが等抜きにして、先を読み未来を語るスタンスが求められる。人間は霞を喰って生きて行けないが夢があればガマンして生きて行ける。、
人生は夢とロマンの宇宙旅行である。本日只今より出発。

No(94)


■…2005年 7月11日 (月).......般若の心眼
長年お世話に成った仕入先のH社が閉業した、聞けば住宅工法が変化し資材が売れないらしい、住宅も2*4工法やプレハブ化、木造建築を除いては規格化工場製品となり住宅付帯工事の技能工が不要になった。
技術革新、流通革新、情報革新、あらゆる分野がハイスピード、ハイレベルに変貌して来た、社会を観察し変化に対応出来ないヒトや会社は自ら土俵を降りるか、降ろされる憂き目に会う、トップに求めらるのは先見性と決断力。
見る、観る 同義語であるが 意味は本来 異なる。
見る、は単に物の姿を目視する事。
観る、は物の内側、つまり見えない部分を読みとる事、経営者たるものは具象、事象を通して為すべき時に英断を下さねば成らない、一流か三流かはこの辺が分岐点である。
見えないモノを見る事は出来ないが、見えないモノでも観る事は出来る、この違いは大きい、観世、観音、妙観、など仏語に出て来るが心眼で観ろと言う事か。 日常生活において見える物しか見ない習慣がついてしまった感じがする見えるモノは有限で消滅するが、見えないモノの中に無限、不滅の部分がある。
瞑目して天を仰げば自分の身の丈も、自他の境界線も観えて来る。般若の世界


No(95)


■…2005年 7月12日 (火).......平時に大事を考える。
時津町地区対抗ペーロン大会がこの17日に開催される、今夜も風に乗りドラの音が聞こえて来る、この町の夏の風物詩であるが気になることがある。  ペーロンを否定する訳ではないが、何故か気が知れない、何もないから打ち込むのかもしれないがモット他にやる事があっていいのではないか、青年は荒野をめざす の意気が欲しい。仲間と酒を飲みワイワイ、バカをやるのは楽しい事は理解できるが ソレダケノモノ、刹那的で何と無く切ない。
この町に住んで私も早、30年近くなる 議員になって土地に知り合いも増え飲み友達もソコソコ出来たし特別、生活に不自由を感じる事はないが、青年達と語る言葉がない、話題づくりに苦労する。
町の表情は新興産業都市となり30年前とは雲泥の差であるが、旧住民の感覚は何ら変らず、新住民との意識の乖離はどうしようもない。   
今回の合併問題が不調に終わりこの先が思いやられるが、将来を見据えて嘆き怒る土地系青年の姿は見えない、むしろ中高年にその類の人がいる。
皮肉な現象である、平和な時代に育った青年は「コトナカレ」が多いのは歓すべき事なのか?リスクマネージメントの世界で考えれば平和な時にこそ、大事
に備える、配慮を要する事を忘れてはならない。

No(96)


■…2005年 7月13日 (水).......友、ありて楽し人生。
明日ありと思う心の八重桜 夜半に嵐の吹かぬものかへ。
亡き母に教わった歌で、歌の心は今日が全て、明日は不明であるので今日ヤルベキコトは今日の内に、の格言込みの歌。
五島の友人が久方に会社を訪ねてきた、聞けばご先祖さまの預かり物のご神刀(ご神体)があり、粗末に出来ないので永久保存したく、祀り箱を頼みたいと言う、お互い同じ価値観で同じ時代を生きて来た身であれば共感する所あり、寄託させて頂く事にする。
考えてみると各々が何時も中間ランナー、駅伝の区間走者と同じ、前の走者よりバトンを受け次の走者に継ぐのが使命、与えられた区間をヒタスラ全力疾走完走するのみ。
男が男の美学を語るなら、老いて後に語るべしと思う言うは易く、行うは難し為すべき事を成し得た者の言は少ないが真実がある。
多弁は語るに落ちて失笑を買い、寡黙たる者の中に感銘がある。友人とは有難い存在、得がたき者、掛け替えなし。
五島を離れても拠りどころはふるさと五島、まさに「喜びも悲しみも幾年月」である。

No(97)


■…2005年 7月14日 (木).......スベカラク原因は不明が多い。
最近会う人毎に痩せたじゃないか?とよく言われる、確かにベルトの穴が大分手前で閉めるようになった、特別体調が悪い訳ではないが少々気力がダウン。
春からのハードなスケジュールに起因してるかも、と思う。
何か起爆剤があれば吹き飛んでしまうのだが、材料がない。多忙な毎日がマンネリ化して疲労の蓄積か、確たる原因は不明、世の中、世界中が病める社会であるが突き詰めると、これ又原因不明である、答えは一つ二つで無く、原因らしき要件が幾層にも重なり、織り交ざってその結果を作っている場合が多い。原因がそうであればカルテは簡単にはいかない、複雑怪奇な原因に見合うカルテを要し、消去法で地道に解明するしか無い、そうなれば、時間との戦いで間に合わなければ、手遅れである 地球温暖化も 大村湾の水質、少子高齢化、途上国人口の爆発的増加も同じ次元、同じレベルの問題である。
テレビで変化する日本語の紹介があった、特筆すべきは「やばい」で青少年達は「すごい」と同義語の使用をしているらしい、これも原因は不明であるが後20〜30年もすればすごいが無くなり「やばい」がまかり通る、教育指導してもこの勢いはもう止められない、社会は時代に同化して行く。

No(98)


■…2005年 7月18日 (月).......「別府&湯布院」今昔物語
会社の研修旅行で別府から湯布院を廻って来た、久方に訪ねる温泉町である。
30余年前の若い頃、宿泊した温泉地であり当時が思い出され、ある種の感慨に耽る、今の別府は当時から比べれば「ゴーストタウン」に等しく、近隣の温泉地も鉄輪温泉、観海寺温泉と別府離れして来ている、別府では印象が悪く客を呼べ無いのかも知れない。
それに引き換え湯布院は、過っては田んぼの中のヒナビタ温泉で「物好き」しか泊まらない温泉地であったが、今や九州を代表する温泉町となり商業、サービス業も「湯布院ブランド」一色で活力ある町づくりに成功した。
湯布院の街づくりは行政と住民が一体となり、地域の特性と将来を見据え、100年の計を立て今日を作り上げた。二つの町の歴史を考える時、「アリとキリギリス」の寓話を思い出す。
海の日の今日、今年初めて友人と大島町に泳ぎに行く、気温32度、澄んだ海中を無心で潜れば母なる海と一体感になり、癒される気分、素潜りを通して体力測定をするも昨年と殆ど変化なし、マダマダ「いける」と確信、遊びを通してチェックするのも大切な事である。私の信条は何を為すにも「一石二鳥」。限られた時間の中で生きるには「一鳥だけ」では勿体ない。        平たく言えば「欲張り人間」なのである。



No(99)


■…2005年 7月19日 (火).......議員たる者。
信義について考えさせられる事件があった。
私の中では信義とは信じる者が義(正義、義理、仁義)を全うする、それは利害得失を超え、怨念を捨て、約束事を果たす行為、である。
人間関係は信義を通じて信頼関係も増幅するものであり、信義は人物評価の規範であろう。
大人社会は信義の世界であり、信義を抜きにしてはこの社会は成立しない。
まして議会人たる者、信義を損なうようでは資格はなし、一般人より良識欠如である、永田町でも今の郵政民営化問題で国会では賛成しながら地元に帰れば反対を語る輩がいるとか複雑怪奇、此処は何処?私は誰?に等しく痴呆症、それも相当、重症である。
戦いのさなか敵に塩をやり、仲間を裏切る行為は許されるべきではない。
議員になり個人レベルのツキアイが増えたのは好いがこの手の人間には逢いたくない。「士は信じる者の為に死ぬ」武士道精神である、死ぬ事は今の世で無かろうが、そ知らぬふりで分別(*^_^*)をされたら宣伝したくなる。
こんな気持ちになるのは私だけだろうか、、、?。

No(100)


■…2005年 7月21日 (木).......サマーフェスタのご案内
大村湾サマーフェスタ第3回目の計画がやっと出来た。
日時 8月7日(日)午前9時30分〜開式
場所 時津町:しし川港=長崎大学水産学部:臨海研修所
午前の部の「カリキュラム」
大村湾セミナー:長大水産学部 山口教授 「大村湾に学ぶ PART3」
海浜クリンアップのボランテア
午後の部:::ガーデン懇親パーテイ
皆で作る「大村湾アラカルト」
ベイサイド コンパ=「座談会」式懇親パーテイ
大村湾体験クルージング=「スナメリは今いずこ」
参加費(大人/¥1000:子供は無料)
「大村湾:NPO:ボランテア」に感心のある方会員、一般の方地域を問いませんフルってご参加ください、一般参加はメールでお申し込みをお願い致します。参加人数に限りがありますので締め切りは今月末までとさせて頂きます。
私達のNPOは、仲良く 軽く 楽しく学習 の精神で社会奉仕をしています
スタッフ一同頑張っています。

No(101)


■…2005年 7月23日 (土).......議員の使命は公僕精神
西彼杵郡町議会議員研修会があり、これからの議員の姿についてのセミナーをうける、これからという副題がついていたが議員の資格は今も昔も変わらない
ただ世の中は地方分権化に向け新たな政策が立案、法令化され、政策に基づくサービス、事業、制度の運用が自治体レベルに求められる、議員は制度、施策を咀嚼し行政に有効な活用を促す権能も有する訳で日和見議員、名目議員、は自らバッチを返納せねばならない。
分権社会は行政能力、議会の能力が問われる社会でもある、議員立法も視野に入れて政策の勉強を」せねばならぬ。
住民に雇用された自覚を持ち、報酬に値する働きが求められる。
琴海の議員が郡か離れ残るは時津と長与町、改めて合併の可能性も模索すべき段階に来ているのかも知れない。残された者のわびしさは捨てがたいが志も新たに次なるステージを構築する努力は必須であり又その使命を託されたのが、
我々、議員団であろう。
呑舟の魚の如くで正道、王道を邁進すべし、私心を捨て、公僕精神を一貫。 

No(102)


■…2005年 7月25日 (月).......人は何処に行くのか。
最近、知人の何人かが連鎖反応で、示し合わせたように他界した、不気味な感じがする、動物は己の役割を果たすとこっそりと死に場所を求めて旅に出る、本能的に死の予感がするのか謎である、ヒトも動物だがどうなのか分らない。
人には夫々持って生まれた使命、役割がある、人はそれを果たして往生するのか、コレマタ謎、私もいつお迎えが来るか分らない、案じることは出来れば、私もこの世の人として使命、役割を果たし往生したいと念願している。
死んで役割を果たす特異な人もいるが私には出来ない芸当、速く使命を果たし
自分の為だけに生きて行ければと正直、思う。
支持者の方で齢、78歳にして病臥の身でありながら、財産を処分し4,5千万の投資で事業を立ち上げた人がいる、息子、後継者も不在で常識では考えられないが本人曰く、ゼニカネの問題ではなく事業家として心の拠りどころが欲しい、カネでそれを買ったようなもの。
半死半生の身だが、最近、気力が復活して病身とは思えない、迫力がある。
犬猫も飼いたいが、自分が死んで、路頭に迷わせ度く無いので飼わないと言う、優しい人柄。私が犬猫ぐらい面倒見るから安心して良い、と約束する。
自他ともに厳しい人だが同情に値する。熱暑の毎日、健康の有難さを親に感謝する。

No(103)


■…2005年 7月28日 (木).......不忘「孫子の名言」
北朝鮮問題に関する6カ国協議が北京で開催され、ニッポンが苦戦している。
わが国にとっては国の威信を賭けて「拉致」問題は最大の課題であるが、過っての被害国、中国、韓国、はこの問題に大して関心を示さず、同調しない。
北朝鮮は言い掛りをつけ自国の利になる取引に終始、どこに会議の接点があるのか、つかみ所の無い会議をしているかに見える、ただ わが国の外交が弱腰で存在感が無いと感じるのは私だけだろうか?
外交は国益を如何に守り、創出するか、ある種の闘争である、利害得失は背中合わせ、駆け引き、戦術、根回し、アリトアラユル手段、戦略が求められる。
もっと強気に対決する姿勢と、普段から勝てる状況を創る努力が必要、これは勝負の世界に共通した要件である。
先の国連常任理事国の日本案「G4」にしても米中韓にまで反対されるとはナニオカイワン。現状のサラリーマン外交は国民の一人としても情けない。
人間社会は言葉、風俗など関係なく「気迫」「誠意」で片がつく。
孫子の兵法「敵を知り己を知れば百戦危うからず」で戦う前に勝負はついているのである。日常のビジネスの世界もコレマタ然り、忘れるべからず。

No(104)


■…2005年 7月31日 (日).......写真家「星野道男」
写真家「星野道男の宇宙」と題した写真展を県立美術館に観に行く。
アラスカの自然と生き物をテーマに壮大なスケールの写真が展示されていた、
当人は撮影現場で北極クマに襲われ非業の死を遂げたらしいが立派な仕事を残し何故か親近感を覚える、神秘的なオーロラの写真など正に神の世界を覗いた男と形容できる。
北極クマのくだりでは「氷の世界に対応できる体質を作り、逆に氷の世界で生命を育む術を身につけた」とある、過酷な自然環境の中、生物は命がけで適応能力を進化させ生きる手立てを自ら創造する、これは神業に近い。
国家社会、企業組織も形態こそ異なれ生き物である、今日激変する社会環境に生き残りを賭けて適応さすべく超努力をしているが何処までやれるか疑問である、全ては時間との戦いで後の祭りにならなければ良いのだが。
身近なところで生活相談に乗った人に新商売「チリンチリンアイスクリーム」
を繋いでやった、思いの他、好業績で何とかヤリクリが尽きそう。
見栄、プライドもあれば切ない仕事であるが今や、ナリフリ構っておれない。
人間も動物も命がけに成れば生き残れる事を教えられた写真展であった。
写真家「星野道男」が残したモノは「生命:宇宙の神秘」の実証である。

No(105)


■…2005年 8月 1日 (月).......郵政は今週が「天王山」
体調不良で朝から主治医に診てもらい点滴を打つ、咳の度に肺が痛む。
日頃が元気なだけに病気になればダメージが大きい、原因は心労か気の緩み。
日本道路公団:郵政民営化ともに大詰めの段階、公団の理事に逮捕状が出され官制談合の実態がいよいよ見えてきた、官による犯罪ほど悪質なものはない。
中国なら死刑である、日本は官僚社会であるので構造改革は簡単にはいかない
郵政問題でも自殺者が出た、賛成反対の板ばさみで苦悶したのであろうが死ぬ事は無い、国政に参与する者、信じる道を行けばよいのにコレマタ情けない。政治の裏は解らないが同調議員は有害無益である、何処の議会にも棲んでいるが困った輩である。
小泉総理が沈黙を破り反撃に出てきた、法案の否決は自民党の公約に対する背任とし決然と対処する、これで法案は可決する、今週が天王山。
公団問題も元をただせば郵政問題である、簡保、郵貯が資金源であれば之を整理し無駄の無い公共工事をさせねば、同じことの繰り返し、国民、税金を食い物、私物化して美味い汁を吸っているのが高級官僚、族議員である。
国が疲弊すれば「死に体」となり手術では済まされない、国も人間も体力のある内に為すべき事を成し、次なるステージに踏み出さねばならない。

No(106)


■…2005年 8月 3日 (水).......長崎原爆を思う
8月になると長崎は急に暑くなる、9日は被爆60周年になるらしい、
原爆後遺症は今だ癒えず、国外の韓国人被爆者も補償を求めて暑い訴訟を起してはいるが納得できる答えを政府も出しえていない。
年をとり当事者はその内居なくなるであろうが戦争の責任は永遠に問われる事になる。国の内外に被害者は存在するが、外国人に対しては国民すべたが加害者側である。
靖国に総理が参拝する行為は国民の合意を得れても海外の戦争被害国の人たちには説得出来ない、現状で参拝は小泉さんと言えども難しかろう。
60年前のその日はヒトキワ暑く、原爆の投下直後 浦上川に水を求めて人々が我を先にと飛び込み絶命したという。
いつの場合でも国民がその犠牲になる、政府の責任は当然の事だがその政府を構成しているのは国民の代表であるなら、同罪である事は自明で、犯罪にたとえれば共犯であり、これまた姿なき殺人者か、
全ては歴史の中で検証される要件であるが日本人は曖昧反故のところがあり傷に触れるのをタブー視する習性がある。これでは歴史は繰り返される。

No(107)


■…2005年 8月 6日 (土).......ハプニンガこれが定番
明日はNPOのサマーフェスタ、山口教授と最後の打ち合わせをする。
セミナーの内容は先生に一任するが出足の遅れは否めない,後は運を天に任せるしかないがスタッフの人たちは頑張ってくれている。
ボランテアの世界でも人間関係は読めない部分があることを再認識する。
予想の範囲を超えてハプニングが多い、本番ではナオ出てくる恐れあり、ボランテアに免じて勘弁してもらうしかない。
8月に入り業務も繁忙しフル回転でもおぼつかないが「洗心通天」何事にも最善を尽くす事を改めて誓う。
小事と大事を取り違える人の悲しさ、不幸な話である。
人間関係を棒引きにしてしまう、早くこんな世界から卒業しないと自分が惨めになる気配。
日に新た、日に進めで自分のこだわりを捨てよう、そこは宇宙より広大な世界
何も自分を堕すことは無い、そのような時こそ毅然とした姿勢が必要である。
あまり面白くも無い日は早く寝てチェンジするに限る。


No(108)


■…2005年 8月 8日 (月).......小泉さんはケンカ上手。
郵政民営化法案が参議院で否決された。
小泉総理は即:解散の手続きに入り臨時閣議で可決、自民党が分裂選挙に突入
参院否決を衆院に持って来るのは乱暴な話だが、元はといえば亀井:綿貫連合が自分の派閥議員に根回し自民執行部に仕掛けた権力闘争である。
小泉の反撃はこの俗悪議員達を放逐し、進退を賭けて信を国民に問う事にある。
私も自民党員の一人として、小泉の手法は乱暴ではあるが党内反対勢力に対決し、法案を復活させるには、是しかないと思う総理にエールを送りたい。
国民はバカではない、反対勢力は覚醒すべきである、国家国民に応えるべきである。
NPOおりおんのサマーフェスタが昨日無事完了、スタッフの皆さんはソレゾレの役割を果たしてくれた、敬意を表したい、山口教授も一年ごとに人間的にも成長コレカラが楽しみである。
人が社会の為に奉仕し、その又人に奉仕する人が居る。広く世間を渡ればすばらしい事に出会える、複雑怪奇な社会ではあるが自分の身辺はシンプルにわかり易くしておきたいもの。小泉解散で今日は歴史に残る一日になった。

No(109)


■…2005年 8月 9日 (火).......総理:長崎に来たる。
8月9日は長崎にとって一年の中で一番忘れがたい日である、AM9:02分カトリック浦上天主堂で追悼ミサが荘厳に行われ参加してきた。
おりしもその時間に追悼のサイレンがなり60年前のその瞬間を彷彿させられた、「平和」の有難さ、意義を噛み締める。
人々は平和を甘受し不感症になってはいないか、太平洋戦争、戦没者犠牲の上に築かれたこの繁栄と平和を貴重な遺産として継承すべきである、守る為の戦いも現実問題として存在する。
火中の人「小泉総理」も献花、追悼に平和公園に来てくれた、小泉心情からすれば靖国も長崎も同じレベルの事柄、私も靖国参拝は同じ基軸と思う。
ともあれ今日から衆議院選挙の開幕戦身辺も多忙になりそうだが政治の世界は「一寸先は闇」と言うがマサニマサニである、自民党の将来の為には必要な試練かもしれない、サイコロは振られた今、国民が今度は問われる番である。
内野席の観客(国民)には不可解な状況かも知れないが外野席(外国プレス)には、小泉の唱える郵政民営化は市場の原理に沿うシステムであり、反対派は保守的現状維持派、現行システム維持派との戦いと評している、意外と的を得ていて面白い。

No(110)


■…2005年 8月11日 (木).......徳田理事長:引退す。
今日は自民党県連主催で常任総務会が開催された、県連も長崎1区に候補者を立てえずにいる、民主党の高木候補に勝てる適任者が居ない実情、勝てるとすれば長崎市長だが同意は困難。
小泉さんの魔女狩りが熾烈な形で現れてきた、開き直った人間は強い、反対派は四分五列に割れてきた土俵際でのせめぎ合いだが小泉関が優勢。
長崎一区は本来なら倉成さんだが彼は二度落選に付き公認失格(党規約)、このドタバタでは手当ての方法が無い、これは野党も反対派も同じ事情 混沌とした選挙戦になる。
それにしても小泉さんはケンカ上手、打つ手が決まっているし戦略家である。
戦に仁義はない、情を出した方が負ける、ドンドン追撃態勢に入るだろう、見ていて学ぶべき点が多い。
自民党所属の町会議員も戦略的に選挙、議会活動を為すべき、戦略なくして勝利なし、これからは頭脳と頭脳の戦い我々も同じ立場か?
鹿児島四区の徳田虎雄理事長は引退した、好漢 時代の風雲児も事故後遺症には勝てない、一国の総理並みの存在感はあったが惜しまれる。六十余年の人生
私が会った最大の人物は彼を置いて他には居ない、彼の回復を祈念する。

No(111)


■…2005年 8月12日 (金).......母と私の戦後
私が生まれた昭和16年6月は太平洋戦争勃発の年、大阪で生まれ敗戦濃厚の19年 暗闇の五島灘を暁丸に乗り母子四人(私は三番目)五島列島に疎開した、時を同じくして父はサイパン島で戦死、終戦を五島で迎える子供心に玉韻放送を聞き周辺で急に緊張感が切れ「負けた、終わった」のざわめきを記憶している。
身寄りは祖母だけのナイナイ尽くしの生活の始まり、母は着物や小道具を土地の人と物々交換で食料を調達していた、幸い土地の人は皆な、温かく何かにつけ助けてくれたけど母の苦労は並大抵の事ではなくそんな環境の中で、早く大人になりカネを貯めて親孝行せねばと考えていた。
軍国時代の母は子供たちをシッカリ育てなければ死んだ父に申し訳ないとの思いから私達を躾け今で言う道徳情操を諺、格言を使い教育した、優しい反面、厳しい親であった。戦争は人間の運命を突然変えてしまう、激動の中で立身する者、無残に踏み潰される者、そこは修羅の世界、戦後の生活は全ての人にとりそこからが戦争であった。あれから60年、母は他界し私のファミリーは、12人になった、私なりに苦労もあるが当時の母の苦労からすれば比較にならない、思い出を辿れば勇気を与えられる。逝ってナオ子を思う母の愛を感じる
明日は13日 家族で母の墓前に合掌したい。

No(112)


■…2005年 8月14日 (日).......清峰高校 ガンバレ。
長崎県北松浦郡佐ゝ町、平戸街道に面した人口数千人の田舎町。
県代表で初出場の清峰高校が甲子園を沸かしている、優勝候補の名門高校を連破し一躍全国区に名乗りを上げた、この無名ナインの底力は何処から来るのか
弱小であれば全員野球、チームの団結力、そして無欲無心、胸を借りる謙虚な姿勢こそが原動力ではなかろうか、野球においては監督の采配が勝敗を決める要素が非常に多い。
技術レベルはそんなに差がないチームであれば勝機を何処に作るかこれは監督の裁量である。
野球の中には人生の縮図がある、犠打 盗塁 逆転 協調 戦略 牽制 私はゲームより監督の選手起用や采配に面白みを感じる、経営上も学ぶべき事柄がある。
今日は60年前の終戦前夜、日本が最後の決断をする日である、この焼け跡から国民が一致団結して奇跡の復興、再建させ経済大国を確立、今又、小泉自民党も荒廃した社会システムを立て直すべく身を挺しても一か八かの真夏の決闘よろしく反対勢力と対峙している。勝利の女神は私欲私心を捨てた者に微笑。む。

No(113)


■…2005年 8月15日 (月).......浦上のカトリック信者
昨日はカトリック浦上教会の被爆マリア聖堂完成祝賀会が長崎であり参席する
このマリア像は天主堂の瓦礫の中から発見され60年間司祭の手で保管されこの度被爆者の追悼と世界平和を祈念してチャペルを造り安置、浦上教会の浄財で完成、信者の方の信仰の強さに感銘を受ける。
歴史に残る行事であり仕事を通してこのような機会を得れた事を有難く思う。
社会人は仕事を通じて社会の勉強と人間関係を構築していく その広がりの中に事業の発展と信用の醸成が生まれ延々と続いていく。
主催者の挨拶を聞きながらキリシタン迫害で浦上の信者が明治の初め津和野に幽閉されたのを思い出し歴史を感じる、その末裔が今、先祖の信仰と信頼関係を継承し子孫に又継承しようとしている。日本のキリスト教は浦上が原点でありカトリック的に云えば聖地である。
やっと諸処の要件が終わり今日からが本当の盆休み、日常の束縛から解放された気分 心と体が自由と言う事は何物にも変えがたい 二日間のオフを自分だけの為に使おう。

No(114)


■…2005年 8月17日 (水).......寄らば「大樹」の組の災難。
盆、正月は一年の区切りと昔はよく言ったものだが最近は盆も正月も無くなった感じがする。連休、有休があり、生活も贅沢になり昔から考えれば年中、盆正月を貪っている。
生活習慣は変化しても折々の節目、ケジメは生活の中に必要、メリハリのある生き方は反省、矯正、再出発をコマメに入れて軌道修正アルイハ弾みを付けていく契機になる、これは昔の人の生活の知恵。
変革が受ける世情ではあるが古えの良き慣習はシッカリ継承し、矛盾した部分は潔く改変する勇気が肝要、旧自民党の郵政民営化反対代議士が国民新党を立ち上げたが見苦しく断末魔の気配すら感じる。我田引水の感は否めないし国民感情をどれだけ掌握しているのか疑いたくなる。
所詮は自民党内の諍いで不利を踏まえて結束しただけの便利屋政党にしか写らない。大儀も名文も無い泡沫集団である、それにしても小泉は機を見るに敏、戦略家である。
信長に例えられているが抵抗勢力に余程の怨念を持っての事か、親分の首を取れば後はジュッパヒトカケラ、寄らば大樹の組である。公認も取れず反対派議員達も此処に来て、弁明三昧で賛成なのかホントに反対なのか分らなくなって来た、モット背骨に力をいれ信念を持って選挙を戦って欲しいものである。

No(115)


■…2005年 8月18日 (木).......球磨川の流れ
衆院「郵政改革解散」後の自民執行部と反小泉派(民営化反対派)の暗闘が何やらワイドショー的になってきた、田舎の自民党役員である私も常任総務会の一員として県下、候補者の公認問題には賛否権あり、些かではあるが関係者の一人である。政治が揶揄されるのは面白くないが浮動層のシラケ組みに感心を持たせる意味では効果的、小泉さんが伝家の宝刀で斬り捨てご免と一刀両断にし、返す刀で国民に踏み絵的選択を迫るのは意義ある事、異論を唱え、小泉手法を非難するが民営化法案復活の手段は他には無い、将に背水の陣。
時津町の前回総選挙(衆議院選挙)の投票率は54,90%で2区では最低、
久間代議士は指定席の為、加熱しないのも一因だが、小泉サプライズ効果で投票率に如何反映されるのかそれが私の最大、関心事。
告示、直前にアッと驚くような小泉戦法が出てきそうな気がする、音なしの安倍副幹事長筋が無気味。
盆の15,6日久方に球磨川の上流、五木村を訪ねる、川辺ダム建設は今の諫早干拓工事以上に地権者、利権者の反対攻勢に合い、難航したのは今は昔。
川底を浚い、昔の面影は失われつつある、時の流れを球磨川の水辺に想い大自然の懐に抱かれ癒されるのを感じる。

自然の営みの偉大さに比べれば人間の営みは短絡的で説得力が無い。




No(116)


■…2005年 8月20日 (土).......ホリエモン参戦する。
諫早で久間章生自民党総務会長の25年永年表彰祝賀会があり自民党時津支部の三役の一人として出席、「代議士生活25年の歩みとこれからの政局」について講演あり、政府自民党の中枢にあり国政を淡々と語る風貌は国士の趣がある。
百鬼夜行する永田町で道一筋に生きる事は並大抵の事ではない、25年間 人には言えぬご苦労をされたはず、今の立場は25年間の犠牲と努力の対価である。

ライブドアの堀江社長が亀井静香の選挙区から立候補する、無所属とは、味がある、堀江社長は兎角、風評のある人物であるが普通の物差しでは計れない、若いがスケールの大きい人物である、無礼者に見えるが遠謀熟慮、ナカナカの策士、亀井さんも心中、静かドコロデハナイ。一番やり難い相手が出て来た、刺客を超えて散弾ミサイルが飛んできた感じ、時代の風雲児がどんな選挙をするのか見応えがある。
民主党も今回の郵政問題ではケチをつけた気がする、云ってる事は共産党と同じで子供だましである、本来なら民主は自主投票にすべきであった、こんな調子では国民の支持は得れないし岡田党首の訴えも犬の遠吠えにしか聞こえない小泉さんの一人舞台でこの戦は執行部の団結力の勝利、信念の矢は岩をも通し
国民の心を揺さぶる力がある。

No(117)


■…2005年 8月25日 (木).......歴史に残る政局
パソコンの操作手順を誤り4,5日コラムを書けなかった、未熟さが情けないけど打ち込む時間的余裕がない、コロンブスの卵と一緒で教えてもらえればすぐ理解するのであるがタイミングが取れない。この間イロイロあった。
小泉解散で関が原前夜、政権を賭けた自民:民社の本番前選挙戦である、場外から長野県知事までが新党「日本}の党首に担がれ、反小泉で云いたい事を言っている自ら格下げしている事が気が付かないのか?
彼らが異論を唱えれば唱えるほど小泉が偉大に見えてくるのは何故か。
沈黙を破り経団連の奥田会長が久々に自民党支援小泉支持を表明、郵政民営化は市場の原理からすれば当然の事、過っては政治は三流、経済は一流と言われた時期があったが、バブルの後、財界は自信喪失しナリを潜めていたが、この改革の意義を認識し協力を申し出る、強力な助っ人である。
今回の衆議院選挙は恐らく歴史に残る政局であろう、勝っても負けても国民の審判は天の声であり結果は歴史に委ねるしかない。
政治家は常に後世の歴史家に如何なる評価を受けるかを肝に銘じて物事に対処しなければならない、過ちは死んでも償えない、洗心して人事を尽くすのみ。

No(118)


■…2005年 8月29日 (月).......土曜会の意見は小泉の勝利
私が世話人を務める土曜会で去る27日(土)ノミニケーション例会で新人ゲストを入れて「郵政民営化解散と小泉手法」についての意見交換会をした。
商工業者(4):元警察官:元市役所職員:元外海町議員(民社):音楽家:私。
職業身分は様々で三者三様の意見が出たがマスコミの情報を元に自分なりに咀嚼して各自が意見として発露、結論から言えば小泉解散に一定の理解を示し賛同する者が多い、根拠はやはり今までの自民党政治に対する不満を小泉総理が改革してくれそうな期待感が支持と言う形になっているのでは思われる。郵政民営化より硬直した社会(政治:行政)システムを何とかせねばの思いが強い。
新聞テレビを通して野党は「自民党内のコップの中の争い」と批判をしているがモット大きな視点から「解散問題と自民党の公認争い」を見れないのか?
近眼、ミクロ的に見ればそういう事もいえるが小泉総理はもっと大局に立っている、自民党政治を駄目にしているのは「派閥」であり親分が元凶、それに従う子分も同罪としこの際斬罪しようとしている、この構造は永田町も時津町も同じである。
明日から愈々選挙告示、日本中を各党候補の選挙カー走り回る、結果はもう出ているとは思うけど緊張感があっていい。土曜会の意見が平均的であれば自民党の勝利は間違いない、要約すれば不特定の10人に聞けば大勢の答えは出るのである。今回の選挙費用、候補者一人に換算すれば4200万円らしい、金には換えられない大きな選挙にして欲しいものである。

No(119)


■…2005年 8月31日 (水).......平成戦国の選挙戦、いざ。。
郵政解散による衆議院選挙の火蓋が切られた。
2区 灸間代議士の選挙事務所は主、無き戦いを余儀なくされる。
激励に県議団が駆けつけ各々応援演説と候補者に代わり支持者に支援の要請をする、演説を聴いていれば県議のレベルが読み取れ面白い。
今回の選挙戦には様々な側面があり一般の関心もカナリ高く、投票率の増加は自民党に風が吹く気がする。
民意は分り易い方になびき、ビジョンも糸瓜も無いフイーリングで決める。
激戦区の模様がマスコミを通じてテレビで放映される、広島が一番、注目度 
NO−1だ、亀井さんも一番やり難い相手(ホリエモン)と戦いサゾカシ攻め手を欠いて苦しかろう(政治家同士なら攻め手に事は欠かないが)。
時津町9月議会が6日から出発する、、、今回は
〇認知症患者に対する支援対応、老老介護、認知症の介護予防、云々
〇町内周辺地区の生活支援としてのコミニテイバスの運行について。
二本入れる事にした、社会問題と地域サービスの問題。
議会は行政とその責任を常に共有する、住民の視点に立って見解を求め度い。

No(120)


■…2005年 8月31日 (水).......毎日いろいろ、、、。   
昨日のコラムは31日付けになってしまったようだ、書き上げたのが今朝の2時頃だったので機械の悲しさ30日のつもりで書いても時間を読み取り日付が先行する。シカルに本日二度目の書き込みをする次第。日付がドウナルカは私のレベルでは分らないが壊れる事は無かろうと作業を進める。
長崎県の環境政策課から大村湾の環境ネットワーク立ち上げに当り会議メンバーに要請される、予てより「同志の連帯」は望む所であり、今後の活動方針についての意見を求められる、県の「大村湾アクションプラン」にネットワーク会員がどう係わるか、ソノ方向づけを関係者で決め支援を依頼する。すぐ出来る事、金と時間が伴う事など整理し連帯感を持たす、等々提言する、コーデネーターで独立行政法人 海洋開発研究機構の研究員が参画していた カキの養殖による水質浄化の実証実験の説明があった、大村湾の海面の5%、設置すれば浄化可能とか、仕事柄とは言え事業観もあり「役人ずれ」していない 新しいタイプの人物 独立法人になって意識の改革出来たものと思う。
夜「議会と行政の改革に関する特別委員会」の事前協議あり、民社系の議員と会合を持つも選挙戦中 呉越同舟か、、所詮民社の主流は労働組合、余り波長が合わない、無理する事は無いと思う、雇われ議員とは価値観が異なる。
小泉総理が 2日 長崎に来る。命がけの全国行脚 激励してやりたい。

No(121)


■…2005年 9月 1日 (木).......「愛の地頭」を永遠に
時津町元村郷の国道206号に打坂という場所がある、長崎に向かって右側の路傍に小さな地頭がひっそりと立っている 車両も歩行者もつい気づかず通り過ぎていくが、時津町では本来、此処が一番の名所で聖なる場所である。
別名「愛の地頭」「鬼塚地頭」とも呼ばれているが、時と共に其の因れも風化
あと2,30年もすれば忘却の彼方に埋葬される恐れある、時は戦後の昭和21年
9月1日(59年前の今日)大瀬戸から長崎までの乗り合いバス(長崎バス)がこの打坂で木炭バスの悲しさかエンストを起し下り坂を後退、崖から転落寸前に車掌の鬼塚青年が身を挺しタイヤの下敷きになり乗客20数名の命を救った殉職の美談がある、以来、長崎バスはこの崇高な行為を崇め讃え、青年の供養をこの日にしている。
時津町には「継石坊主」「二十六聖人上陸の地」「長崎甚左衛門の墓」史実に残る名所旧跡はあるが、「使命感」「責任感」「犠牲」「勇気」を伝えてくれる場所は此処しかない。時の流れは恐ろしく本来、日本人の美徳とされた、この精神と行為も消滅しつつある。この地に住む人間の一人として彼の死を更に昇華しこの地の精神的資産として鬼塚青年の勇気ある精神と行動を我々は後世に語り継ぐ使命がある。

No(122)


■…2005年 9月 4日 (日).......忙中閑あり
衆院選挙戦の中盤であるが久方の忙中閑あり。
終日テレビ、新聞、溜まった書類、等を通読する、選挙民の関心も日一日と高まり自民党小泉総理に対する支持もカナリな反応、このままの勢いで行けば自民単独過半数も期待できる。
日本再生、改革案を各党が我田引水の論法で反論しているが付け焼刃的で中身が見えない、自民党の中にも族議員が多数居るが野党も労働組合が母体で彼らも族議員である。
時津10工区調査特別委員会が先日開かれた、土地開発公社の経営問題が取りざたされている折から、県道工事費の一部負担(6分1)を新たに求められた、
時津町の対応が気になるところであるが、これに関連して、やれ隣接する北小学校の背後地自然環境が失われる問題をどうする、云々注文が飛び出した 開発計画の段階で地権者、町とも事前協議の中で確認了承された事項を今更問題にするのは如何したものか、子供が駄々をこねているのも同じ、分別ある意見とは思えない、それにしてもこのような事例が多すぎる、一度決めた事を問題も無いのに蒸し返し問題にする、これは良識を問われる事であり公害に値する
良識ある住民の意思を反映しない議会は見放され、軽視を超えて蔑視される。

No(123)


■…2005年 9月 5日 (月).......人災=天災
台風14号日本列島に接近、警戒態勢に入る。
昨年は5月梅雨前から大小連発で襲来したが今年は夏の終わりに超大型が直撃である。アメリカ、メキシコ湾ニューオーリンズでハリケーン「カテリーナ」の大被害が報道された矢先、招かざる客の訪問 台風被害が思いやられる。
ニッポンは自然災害のなんと多い事か、地震が治まったら台風、又甚大な災害復旧の出費を要す。防災、復旧の支出は最優先であるので予算の有無に拘わらず財政出動させねばならない、これは国難に等しい。
小泉政権は野党からこの4年間で170兆円の国債が増えたと糾弾されているが考えてみるとこの4年間 天災続きで皆な疲労困憊している、昔は天災は忘れた頃にやってくると言われたものだが、これも今は昔か。
昨日NHK大河ドラマ「義経」で源平最後の戦い「壇ノ浦」が放映され女優白石加代子が出ていた「平家にあらづんば人に非ず」「奢る平家は久しからず」
平家一族は権勢を欲しいがままに天下を睥睨したが清盛の情が命取りになる。
壇ノ浦に身を投じる平家の子女の有様はテレビの中でも涙を誘う。
世に人災と天災がある、人災は人智で防御出来るが天災には為す術も無い。
宇宙は自然の法則が支配している、自然災害も原因を辿れば人間の自然破壊に
起因しているのではないか、そのように考えれば天災=人災=天災であろう。   

No(124)


■…2005年 9月 8日 (木).......晩夏の雑感
議会も明日で4日目、議会と選挙が重なり慌しい。
国政選挙は普通でも盛り上げが難しい、今回は候補者不在であるので尚更。
候補者の家族が本人に代わり支持者に支援を求める姿は「血は水より濃い」を肌で感じる残すところ後二日、終盤の追い込みは見ごたえがある。
議会の一般質問も私の分は終わり、人の質問を勉強する、立場が変われば見方も変わるから一概に嘴は挟めない。
今回は認知症対策で町の見解を求めたが一応の問題提起は出来た、明日は我が身であれば共通の問題である、学会のレポートによれば認知症の10〜15%は初期の対応で避けられるらしい、本人も含め家族の認知症に対する認識の必要性が大きな要素である。
認知症予防対策、支援室の提案をした。保健師の役割が大きい。
14号台風もバタバタしている内にオホーツク海の彼方に行ってしまった。
日本列島を包む自然環境の変化が甚だしい、台風、地震、噴火そして荒廃する
道徳、財政破綻する前に、この国はアトランテック大陸の如く一夜にして海底に沈没するのではないか、自然現象がその予兆のような気がする。

No(125)


■…2005年 9月 9日 (金).......「獅子身中の虫」駆除作戦
今回の衆院解散選挙の費用700億円を野党も自民造反組もこぞって無駄使いと執行部を批判している、候補者一人に換算すれば4200万らしい。
果たして無駄使いだろうか?
今回の選挙はそんな小さな選挙だろうか?
この国の今後の国体を問い、国運を賭けた大きな選挙であれば700億位、国力を持ってすれば問題にすべきではない、郵政民営化が成立すれば一期の税収で軽く回収できる、民間のシンクタンクの試算によれば4分社化で税収5千億
は固く、そして民営化に伴う経済効果は計り知れない(未知数)と予見されている。小泉政権下の改革(実績)を口先だけペテンと誹謗する野党党首、そして自民党造反組の面々、野党は立場柄もあり否めないが造反組の誹謗中傷は看過出来ない、何故なら彼らが身内(政府)の足元を揺さぶり羽交い絞めにした張本人で邪魔したのだ、小泉の改革は派閥の解消につながり自民党を一枚岩にして将に政権与党として挙党体制が取れる自民党に体質改善をするところにある。これが出来れば真に国民に信頼され果敢に行財政改革に着手できる、獅子身中の虫の駆除が出来る。政治改革が出来る、私も田舎の議会に身をおく立場であるが 議会ほど遅れているところ無い、行政改革の前に議会の改革が先、これは永田町も全国津々浦々町議会も同じレベルか、言動一致させ自分の使命、責任を果たす義務感が欲しい。改革にも金と時間は掛かるし投資も必要、この四年間、時間だけはシッカリ掛けたから改革推進派には、今こそ天下分け目の関が原 雌雄を決する時である。
私の予想は今回に限り投票率が上がれば小泉自民党の勝利は疑う余地はない。

No(126)


■…2005年 9月11日 (日).......勝敗は時の運にあらず
やっと投票日が来た、短期決戦の一本勝負、なんだかんだと言いながらも自民党ペースで日本国中 第二次小泉旋風が吹きまくった。自民党の圧勝は間違いない、勝ち組になれば参院反対派も民営化賛成に方向転換は必至である。
小泉改革の「本丸」を落とせば二の丸、三の丸は自然崩壊、官から民えの流れは一気に出来る、我々、NPOの出番でもある、視点を見失わず時流に乗りコミニュテイビジネスにチャレンジし新しい時代の先導役を果たさねばならない
会員スタッフを増強し受け皿資格を構築せねばならない。
今回の小泉自民党の勝利は作戦勝ち、相手の想定外の作戦で意表を突き、先手先手で相手に防戦一方で攻撃させない、片や報道陣を抱き込み小泉主導の主張を流布、雰囲気 環境を作り上げていく殺陣で云うなら正面の敵をばっさり、
返す刀で背後の敵をばっさり同時に倒す、反撃の余地なし。新党日本、国民新党など歯牙にもかけず国民のレベルまで降りていき、俗語で語りかけ、問題提起し聴衆に問う、こんな政治家は今まで居なかったし、これからも出ない。
平成の国民は一億総マンネリ化、平成にドブ漬け、官の支配に辟易しヤルセナサを感じ、欲求不満である、解散は乱暴な手法ではあるが改革に期待し新しい時代の幕引きを小泉に託す人々は多かろう。結果が見もの、楽しみである。

No(127)


■…2005年 9月12日 (月).......問われる「小泉総理の真価」
自民党が単独で296人の議席を得た、公明党の31人を加えれば327. 衆院:議席数の三分の二以上これで郵政民営化は衆参両院で可決、参院で否決されても衆院差し戻しで三分の二以上の賛成多数で可決になるからだ。
小泉戦法は学ぶべき余地あり、一対一の戦いでは「是か否か戦略」に限る。
「勝って兜の緒を締めよ」小泉総理は即 謙虚にナラネバならない、インタビューでは「責任と使命の重さ」を感じると緊張の面持ちでコメントしていたが
再生「純一郎丸」装いも新たに出帆という事か、郵政から政治の改革までそして地方の行財政改革までドンドン政府主導でやっても良い、地方にもジゴロ族が棲んで立場を利用し食い物にしている珍獣がいる。
世の中みんな奇麗事を言い過ぎる、もっと本音を語れないのか、建前で物言う人間が多すぎる理屈、屁理屈では人を説得できない、小泉さんは本音で問いかけ、真剣に問いかけ、捨て身で問いかけた、これが政治無関心層を揺さぶり、シラケ派を選挙に行かせた、この功績は多大である。
 平成の改革は一気に加速する、反対派に反撃する余力は無く 亀井、綿貫であれ陣笠と同じ、時代を読めない者の哀れさ、そして小泉の真価が問われる時が来たのも又、事実である。

No(128)


■…2005年 9月14日 (水).......只今、AM3時05分。
只今、午前2時半13日の心算が14日になった、一日をこんなに長く毎日を使えれば三人分の仕事が出来るモノをと恨めしく思う。
人間持ち時間は有限、与えられた時間の中で如何に役割を認識し果たすか?
時間は生命、命の一分を一秒たりとも疎かには出来ない。
議会の委員会で毎日、役場に監禁されている、公務であれば愚痴は言えないが
根幹の問題を置いて枝葉末節を問う議員がなんと多い事か、質すべきは議員の資質と見識である。
予てより懸案の後援会向けの「久保哲也議会便り」の編集が90%完了。
公私共に多忙な毎日ではあるが総体的に方向が見えてきた部分もある、後は人間ドッグに入り精密検査でボデイチェック、不安要素もあるがはっきりさせたが良い、「百年無き人生」後顧の憂いを残さずである。
私自身の多面性からして為すべき事は山積し、終点無き旅行者の気分である。松尾芭蕉の最後の俳句 「旅に病んで夢は枯野を駆け巡る」夢追い人の末路は
この辺りか。
人生の通知表は死ぬ瞬間と、死して後、再発行される。



No(129)


■…2005年 9月14日 (水).......選挙は「過去と未来を賭けた戦い」
昨日と今日がコラムの上では同日になってしまったが書ける時に書いて置かないとケジメがつかない。
やっと「久保哲也だより」が出来た、どれだけの人が読んでくれるか分らないが議員としての私の証であり、説明責任もあり一人の為にでも発行する。
久間代議士の選挙も終わり、次は一年半後の統一地方選挙四年サイクルであるが時間がたつのは速いもので、ボツボツ始動せよとの声が周辺から出る、我輩にも選挙のイロハが判ってきたような気がする、ホップ ステップ 最後はジャンプ今度は 想定通りの選挙を実現したい。
選対を充実し ウイングを拡げ 総力を挙げて戦う。
選挙は戦いと言うが本当である「勝つか、負けるか」復活戦は無い、
私も男商売60余年の中で結構ドラマチックな人生を駆けて来たが「議員はなろうと思ってなれるではなく 成りたくてもなれない役職である」行きがかりで成ってしまったが至る所、役所に不満を持っている人の何と多い事か、住民に役所のガードは固くハードルは高い。
役所の壁を破壊できるのは議会の議員だが議員にソノ資質とパワーが無い。




No(130)


■…2005年 9月15日 (木).......初秋〜
土曜会と云う会を持ち「世事放談の会合」を月一回開いている。
ノミニケーションの中で立場、境遇の異なる人間が何の制約も無く諸事、世情を自己流の解釈で見解を出し合う、人間十人十色将に人生いろいろ、見解が異なる事は面白い、利害も得失も無い関係では本音が出て事の本質を言い当てる
場面も少なくない。
人間、正直に成れば構える事も無く、へりくだる事も無い、自然体の中で付き合える、其処から友情も生まれ信頼関係に発展していく。
放談会のテーマを「小泉の戦後処理、造反組の当選議員」を如何扱うか、参加者で占う事にした。    <楽しみである>

議会の総務委員会、決算審査も明日で完了する、総務にカムバックは二年ぶりだが決算数字の裏側にある事象を読み取り質す、補助金、委員手当、待遇に不公平がないか適正に執行され、親方日の丸になっていないか、等々。
初秋を告げる虫の声、今が一番過ごし易い季節、私の年齢も季節に例えれば
初秋ぐらいか、そして晩秋になり彼岸の郷に一人旅、楽しみでもある。

No(131)


■…2005年 9月19日 (月).......「中秋の名月」を鑑賞する。
今日は敬老の日。
自治会、公民館主催の敬老慰労会が開催されている、余生をゲートボール等で楽しみ、元気で暮す年寄り、反面、独居で病臥に苦しむ年寄り等、生活形態は種種様々、悲喜交々である。
人生は長いようで短い、毎日の積み重ねが一生であれば若き日の一日一日は一日たりとも疎かに出来ない、老いては尚更である。
よい行いを積み重ねれば、よい老後が手に入るのは「自然の理」である。
昨日はオリシモ「中秋の名月」であった、久方に我が家で名月を鑑賞した。「中秋の名月=桂月」に因み「桂」と命名した息子が居るが今だ道半ばで三日月位、満月には程遠い。
縄文の昔から人は月を「心の拠りどころ」とし、見つめてきた歴史がある。
思えば月の光を「命のふるさと」と語り人生探求の場「月光の里」を開いた故小松昌幸先生が懐かしい、師は「他人の喜びを自分の喜び」とし、「喜びの中で生きて行きたい」と願い私財を投じ余生を奉仕した。息子たちも幾度か何も分らぬまま「月光の里」に親と同行し教えを受けたが思い出の一つになった事ではあろう。
人は「人によって育てられる」、人生の中で「出会い」の持つ意義は大きい。
私も60余年、紆余曲折の人生を生きて来たがせめて友人知人には何らかの影響を与える人間にナラネバと思い努力している毎日である。

No(132)


■…2005年 9月20日 (火).......立志伝中の人「中内 功」 逝く。
昨日ダイエーの元オーナー中内 功氏が亡くなられた。
大阪船場の番頭から身を起し「流通革命」経営でダイエー王国を創る。
昭和の立志伝中の人物、松下幸之助に匹敵すが、バブルの付けを始末できず
民事再生法を設定するに至り、「一代の革命児」も晩年は不運であった。
高度成長の波に乗り積極的に多店舗展開、過大投資が命取りになる、事業規模の拡大は売上増になり=成長企業の評価になるが、業績の伴わない規模拡大は只の「膨張」に過ぎない。事業も大規模化すると実態が見えなくなる、そこにワンマン経営の落とし穴があるのではないか。
現場100回は刑事捜査の鉄則と聞いた事がある、いかに完全犯罪の手口と言えども必ず現場に犯人捜査の手掛かりは残されている 現場が見えなくなれば対策がつかない、膨張しすぎたダイエーの敗因はその辺かなと思う。
仕事で諫早:干拓:小長井と走ってきた 諫早干拓は粛々と工事進行していた
ギロチンと呼ばれた潮受け堤防も産業道路化し島原側に伸長、完成マジカ。
小長井:高来とも諫早市合併、地域が「衣替え」脱皮し「産業起し」を懸命にやっている、地方改革の進捗状況は目を見張るものがあり勉強になった。
 地方行政改革に対する、私の持論は「終着駅は市町村合併」である。

No(133)


■…2005年 9月23日 (金).......彼岸に
秋分の日:お彼岸、最高の秋日和ながら、支持者のご子息、結婚式に招待され来賓の挨拶を頼まれた。
月並みな挨拶は苦手なので松下幸之助氏「道をひらく」の一文を挨拶に換えて送る事にする。
これからの人は大変である、厳しく険しい道程を並の神経では生きて行けない
事業の世界は喰うか喰われるか、勝つか負けるか、中間は無く、終りも無い。
私も30余年事業を営んできたがもう一回同じ事をヤレと言われてもヤリタクナイ。
人間の一生は丁度「いい加減」に出来ている。短くても困るし、長くても持て余す。
彼岸で亡母の墓参りと思ったが25日に延期する、先祖を敬う日本の風習は素晴らしい、この精神が家族社会を支え、一族の結束を強固にする。一つのエネルギーである。



No(134)


■…2005年 9月25日 (日).......「負の遺産」は誰が。
10月の行事も一応、消化しノンビリとした一日を迎えた。
今日は「愛:地球博」の閉会の日、開催期間中2200万人の入場者があったと言う、国民全体の18,3%が行った事に成る。
不幸にして私は行けなかったが盛会なのは良かった。
思えば我が国が、高度成長のキッカケを掴んだのは東京オリンピックと大阪万博であった、成熟社会の日本でこの地球博は、どんな意味を持つのか、
工業立国の旗印を挙げ「いけいけ社会」に突入、企業は「生産拠点」を地方にシフトし、20年後、水俣、足尾、四日市と公害病を引き起こす、自然環境の重要性を自然の法則に学び、自然回帰、「自然と人」との共生が如何に大事であるか、工業社会がもたらす問題の提起、これが隠された「地球博のテーマ」
ではなかろうか。
次代を担う子供達が会場に訪れてくれたのは幸いである。
大人たちが残した「負の遺産」は彼らの時代に託さねば解消できない。   本来なら自己責任において当事者が解決せねばならない問題であるが、負債が大きすぎると一代では解消できない、せめて解消の道筋だけでもつけておくのが、当事者の使命であろう。

No(135)


■…2005年 9月26日 (月)....... 自分に圧力
松浦市を仕事で訪ねた、ここはかの有名な松浦水軍の発祥の地である。魏志倭人伝の中にも「マツラ」として登場、由緒も歴史もある町であるが、古代、近世の事、面影は無い。今は西日本魚市、電発松島の揚がりで財政事情もマアマアという所か、余り活力が無い。
最近の施設で「道の駅」ふるさと館が出来ていたが、これもイマイチ工夫が無い、枕崎お魚センターでも勉強に行けばよい。
魚市の中の施設を案内してもらい説明をうける。合理化設備と、作業環境の改善には積極投資がなされているが非生産部門(環境)投資には消極的のようだ
非生産部門を無視すれば後年度負担がある日突然、休火山が噴火する如く、火の粉溶岩が降り注ぐ。
経営の最たる事は、「未知なるリスクマネージメント」洞察力と観察力、決断力、実行力では無かろうか、叩き上げ社長の体質は、雇れ社長とは本質的に異なる。コトナカレでは「社長の使命」は果たせないのだが、現実には大会社ほど、後者が多い。
今日からタバコを休止。イマイチ惰性で生きる事えの圧力を自分に加える。



No(136)


■…2005年 9月27日 (火).......「帰りたい」 ジョン・チャヌ 回想。
帰りたい、と言うバイオリンのCDを時々聞いているが、もの悲しさ、切なさが奏でなれ、ヤルセナサを感じる。
帰りたい、願望の裏側には帰れない、現実があるのではなかろうか。
演奏家のジョン・チャヌは韓国青年である、
彼の同胞が、地下鉄「大久保駅」の人命救助行為と共に「異国の地、日本」で不慮の死を遂げた、彼は同世代の同胞として鎮魂の願いを込めて「命のコンサート」演奏活動を全国展開している。
奇しくも彼とは徳田虎雄(徳洲会理事長)氏の事務所(東京赤坂)で同時に引見し歓談した。いつの日か、我が時津町のカナリーホールで彼の「命のコンサート」をやらせたいと思った。
「帰りたい、」の思いは永遠の願いかもしれない「青春時代に」「故郷に」「恋人の元に」「子供の時代に」「母のもとに」「自分自身の世界」に。それは、また見果てぬ夢の世界、非現実の世界である。
人には帰れぬ「時の世界」もあるが、帰る事が出来る「場の世界」はある。
それは今が最高の瞬間と是認する事、この場とこの時は二度と帰らない。



No(137)


■…2005年 9月29日 (木).......「その時歴史」が動いた。
NHKのドキュメンタリーで表題の番組が放映されている。
「その時歴史が動いた」「歴史は繰り返される」「歴史は夜作られる」歴史に関する言語は枚挙を厭わないが、歴史の中の「ターニングポイント」は確かにある。チャンスも同じである、その時は見逃し、後で気がつく、気がつくのは未だ良いほうで一生気がつかない者もいる。
「その時は」運命的に云えば3度あるらしい、我が人生の中でもそれらしき場面は2〜3度あった、がヒットを打てなかった、心:技:体のバランスが取れていなかった。これからは、その時の為に、見識を高め、情報を精査し、気力を蓄えて待機すべし。
時代は急激に変貌しつつある、チャンス到来である、国境もその内無くなる。チャンスを待つ者にチャンスは到来する、無用論者には無縁の世界である。
庭のセミ殻を集めてセミの生涯を考える、セミの人生(?)は地中生活が全てで、土中外は、死での旅である。
昨日北九州連続殺人事件の再審あり、松永、緒方両名が死刑の判決をうける。
人間の幸、不幸は友人、知人で決まる。
両名は死刑の判決は公判で決まる。明日はいい日、GOOD& NIGHT。

No(138)


■…2005年 9月30日 (金).......特に同志様、聞いて下さい
9月30日は私にとっては特別の日である、私の誕生日に匹敵する程の意義ある日である。1970年10月1日、予てよりの念願の会社設立前夜である。
自己の可能性を事業に託し「株式会社樹工」設立する。29歳の秋で35年前の出来事である。悪戦苦闘の連続であった、傷だらけになりながら希望を抱き折々を生きて来た。
竹馬の友、川野正男君が逝ったのも4年前の9月30日。
男のドラマを渡り歩いて彼は逝き、私は残った。思えば数少ない恩人の一人である。今日は何と無く気になる日であったが「樹工記念日」であった。
35年前の今夜、妻と3人の子供、そして五島の母、南山手の叔父、親友の田崎興人君、皆な若く元気であった。
35年前の場面が走馬灯のように思い出される。
「青年は荒野を目指す」の言葉に従い、視界不透明の事業の世界にトッ進する
限られた時間の中で如何に完全燃焼させ結果を出すか、ここでも時間との戦い
私事を仕事に重ねて意味も無く尋ねる。
隠すべき事柄は何にもなし、モノノアワレハ海の藻屑か。

No(139)


■…2005年10月 1日 (土).......私の知らない日。
昨日のコラム表題は全く狂っていた。「特に同志様、聞いてください」なんか書いてない、のに何故なのか、私のパソコンレベルでは解析も何も出来ない。
只、言える事は私が付けた表題でない。然らばダレカ?姿無き犯人は?
今日は10月1日。晩秋にしては暑い一日であった、そして大安吉日。
今日この日を無病息災に迎える事が出来た事を感謝する、無常迅速のこの世で
如何に生きるか、各々に課せられた「モノ」は何か。
自己の可能性を事業に求めチャレンジした30余年、挫折と敢闘の連続ドラマであった。
今日から新しい生活を始めないといけない。
マンネリを打破し、メリハリのある生活習慣と時間を命と定め自然体で完全燃焼=充実人生である。実際は9月26日から助走に入っている。
速く帰って務めて早く寝る事。体に悪い事はしない。新聞、読書は義務化す。
私にとって、6月1日と10月1日は同じ重みがある。
この両日を除いて自分を語れない、共に原点の記念日である。私の歴史はこの日から始まり、いつの日か終るけどその日は私が知らない日である。合掌

No(140)


■…2005年10月 2日 (日).......「時は流れ、時は過ぎる」が、時は必ずくる。
10月1日の昨日、国内ニュースでは日本道路公団が民営化され、県内においては、新「平戸市」が誕生した。
公団の民営化は事業部門であり企業会計で処理するのは当たり前である、ならば企業経営の精神に基づき民営化し民間社長に託すべきである。現存債務は45年償還と言うから先の長い話であり、「株式会社 日本」が持ち応えきるのかヤヤ疑問、利用者獲得の為、料金は安くなるだろうから経済効果も期待できる。
1市2町1村で平成の合併を実現させた「平戸:生月:田平:大島」の今後は前途多難ではあるが、合併により地域振興の可能性が出てきた、首長の手腕の問われる所である、時代は変革を求め、改革の中で新たな可能性を見出すべく夜明け前の暗がりで試行錯誤している。
改革に犠牲はつきもの、避けて通れない。
我が時津町は意に反して非合併の選択をしたが、これは住民の意思ではない。
住民の意思と議会、首長の意思が反対に作用した時、「後日に」どういう結果をもたらすのか、傍観者の立場で観察するのも面白い、が時は必ずくる。

No(141)


■…2005年10月 4日 (火).......ライフワークに生きる。
諫早干拓絡みで小長井漁協に新しいカキの養殖システムについて提案をし、可能であれば漁場を借りて実証試験が出来ないか相談に入る。
このシステムの成果が証明されれば有明海全域に普及できるし、大村湾でも採用できる、海域の浄化にも期待できるし一石二鳥の効果で、諫早湾のタイラギも復活する可能性すらある。
仕事のスケールも大きいしビジネスレベルでは最後のライフワークにしたい。議員レベルは国道207号の拡幅工事がライフワークである。
NPOはボランテアであり「、軽く、楽しく」やれればよい。
個人レベルは早く自由の身になって「ドンキホーテの世界」で生きる事。
この4つの要件を実現できたら本懐を遂げたと言っても過言ではない。
「テーマをもてる」と言う事は生きる喜びに通じるし希望である。
希望と言えば先日の結婚式の祝辞が評判良かったみたいである、新郎新婦に月並みな褒め殺しは止めて、辛口の祝辞をし、参席者にも檄を飛ばす語りかけが受けたようである、人生の街道は険しく、厳しい道のりであるがそれゆえに頂点を極めた時は深い喜びがある、よしんば道半ばで倒れたとしてもオレは俺なりに頑張ったと言う充実感は湧いてくる。信念を持って歩む姿は美い。、

No(142)


■…2005年10月 5日 (水).......「貧すれど、鈍せず」生きて行きたい。
「貧すれば鈍す」これは諺であるが人間本当に「貧すれば鈍する」ものなのか、高潔な人物は古今東西、有名無名に拘わらず、沢山居たはずだが、果たして「貧して鈍したか」のか、疑問である。
俗世間では、私の知る範囲においても確かにそのような人物は存在する。
しかし、その反対の人物も存在する。高潔な精神の持ち主は貧しても鈍せず、逆に鋭い。「逆も又、真なり」の論法でいけば、「鈍なるがゆえに貧す」となる、これが実態でもともと鈍である、が仮面を脱げば「本姓の鈍」が(*^_^*)を出す。
私自身は如何なのか?自問自答してみたい。
幾たびか「貧して」四面楚歌、五里霧中の世界を彷徨したが、鈍には一回も為らなかったし逃げもしなかった。
「貧の世界」は金銭の世界だけではなく、「心の世界」もある。(貧=金銭:鈍=心)と(貧=心:鈍=心)の形もある、本当に怖いのは後者であろう。
浮き沈みは世の常である。苦しい時にはそれなりの生活、ガマンの時である。
折々に見合った生活をすれば、憚る事は無い。その調節が難しいがそれが出来なければ人間失格であり、社会では生きていけない。

No(143)


■…2005年10月10日 (月).......福江中学同窓会あり。
福江中学校の同窓会があり五島市(福江市)に行き旧交を温めてきた。
中学を卒業してから50年の年月が流れたらしい、昭和31年、戦後の復興未だ成らず、貧しい時代であったが国民は大人も子供も懸命に生きていた。
思えば福江町立福江小学校に入学したのが昭和22年終戦の翌翌年である。
50年の歳月は「人を創り、或いは人を変える」老境に至る、顔の皴が各々の人生を語っている。
顔を見れば生活が伺える、振り返れば束の間の50年であるがその格差は千差万別であるが大きい、現役組は私も含めてソソクサと島を後にする、定年組みは4,5日充電して帰ると余裕たっぷりである。
社会的に地位、財を成しても時間に追われ約束に縛られる毎日、そこには自分の時間は存在しない。「どちらが幸福であろうか」永遠の疑問である。
五島灘をゆっくり眺めながらの今回の旅行は意義深く、五島が私の原点である事を確信した船旅であった。
この島に帰れば五島での生活の全てがマザマザと昨日のように甦る。
同窓生と3年後の再会を約し、別れたが、果たして元気で逢えるのやら。
期待と願望を持って散会したが、彼らの健勝を祈念したい。


No(144)


■…2005年10月11日 (火).......「合併審議会」が設置された
ありあけ今日10月11日:雲仙市が誕生、南串山:小浜:千ゝ石:愛野:吾妻:国見:有明:7町が大同団結、雲仙岳を取り巻くようにして地域の再生と振興を目指し出発、記念すべき日である。更には「南島原市」琴海:長崎と合併オンパレードである。
長崎県は平成17年施行の合併新法による「合併審議会」の設置に挙手をした
つまり県サイドの合併を推進する意向を改めて打ち出した事になる。
当分は静観し国の方針と動向を伺いながら県として「如何にでも対応出来るようにしておく」という所か。
為さねばならぬものならば「がんがん」ヤレバ良いのにと思う、県知事も来年の選挙があり、無理出来ないとしたら、情けない、信じてやる事には、「百万人と言えども我行かん」の気概が欲しい。
わが町が中心部でありながら「西彼杵郡」郡部になってしまった、おかしな話であるが合併推進派には一枚岩になれない体質がある。
そもそも自民系と社会系では生まれも育ちも違いすぎるし、上司の顔色を見て仕事をするような日和見議員とは組めない、第2ラウンドは知事選の後か。

No(145)


■…2005年10月13日 (木).......国道207号物語り
国道207号(時津工区)の交通安全対策整備事業について触れてみたい。
平成15年4月21日統一地方選で町議選二期目の出馬をし一日中、街頭に立ち演説を打った、折から見知らぬ初老の男性が「この道路を拡幅してくれ」と注文が来る、それは「選挙に上がって」からと預かり、選挙に猛進する。
開票の結果は躍進に値する票が出て目出度く「当選」する。
二期目の6月議会で早速「国道207号の拡幅工事」の問題に取り組み、県土木:町に今日までの経過等も含めて現地を調査。
聞く所によれば、30年前からの懸案であると言う、事情があり県も取り合わない「棚上げ」である、「問題を承知の上で対処しないのは行政の怠慢ではないか」議場で町長、関係所管を質す。
当日の夜、議会傍聴に来ていた、面識の無い某氏から訪門を受ける、交通補導員の某氏は現地で補導をしているが国道207は自分たちの手に負えない、私の一般質問を待っていた、「是非拡幅工事を実現させて欲しい」と要望を受ける。  これで2回目の注文である。
某氏と町:県土木を動かすのは難しいとの共通認識に立ち、秘策を練る。
ここから国道207号物語はドラマチックな展開を見せるのである。
(次回)につづく。

No(146)


■…2005年10月15日 (土).......国道207号物語り/PART−2
前回に続く。
県:町とも充てに出来ない、然らばどうするのか?国道であるなら国、国土交通省が所管である。国土交通省九州地方整備局長崎工事事務所の所管なる。
国:県:市町村の縦割り社会であるので本来なら下から揚げていくのが筋であるが、その辺が逆に障害になり今日まで留保されている。
某氏と協議し一番手っ取り早いのは国交省大臣:石原伸輝氏に直訴と決めて、自宅住所を調査、上京の機会を窺う、結局タイミングが合わず某氏が一人で上京し8月に石原邸を訪問す、生憎本人は不在であったが石原事務所が相談に乗り国土交通省に同行し道路課長補佐に繋いでくれた、田舎のオヤジが生一本、訥々と語る現場説明を真剣に聞いて呉れたと言う。
数日後、国から県土木事務所に、土木事務所から時津町にこの件の照会が来る
方向としては国道拡幅整備工事では時間も掛かるし計画が立たない、然しながら交通安全対策整備工事であれば対応できるとの見解が示されたのである。
情報が私の手元に入り、即、某氏に伝える、二人で祝杯を挙げたのは勿論である、事前作業として側溝の整備、横断歩道の整備などが着手された。
6月議会で指摘してから丁度6ヶ月経過していたが異常な早さである。
ドラマは中盤に入る(次回に続く)

No(147)


■…2005年10月16日 (日).......盲導犬事情。
盲導犬フェスタに自民党時津支部で嬉野に行く、盲目のスーパーマン、岸川みよし氏が主催し盲導犬を増やす為の運動である。
現在盲導犬は全国で750匹、視覚障害者の需要は8000匹で絶対的に不足している、なお1頭あたりの調教費用が150万円掛るらしい。「アロマ」と言うワンちゃんが岸川氏の両眼代わりをしていた。岸川氏とは5年ぶりの再会であるが希望に満ちた毎日を生きている為か全然年をとらない。
盲導犬の数の問題、世の中には未だに需給がアンバランスで支援制度が行き届かない事など多々あるのだと痛感する、1頭仕立てるのに2〜3年掛る事を思えば8000頭等、天文学的数字である。それに挑戦している岸川氏は立派。
10月も中盤 秋も終わりの風情 朝夕は霜がおり始めた。
永田町は郵政民営化法案が参議院でも可決、自民党反対議員は消滅した。
内閣改造:自民党三役改選とポスト小泉をめぐる動きも活発になる、そして愈々18年の予算査定の時期に入る、合併:非合併町村えの交付税措置がどうなるか?毎日がアラユル事象具象の中で適宜判断がなされ、小刻みに動いている大河は緩やかではあるが、粛々と全てを飲み込み流れている。

No(148)


■…2005年10月18日 (火).......昼、秋日和:夜は満月
時津町営「金堀アパート」の班長さんから電話があり予てよりの駐車場料金の問題で町と会議を持つので同席して欲しいとの要望が入り、昨日対応した。
26世帯の内13世帯の主婦が参加、「半落ち」乍ら、町と意見交換をする。
同じ立場でも異なる意見があるし、立場が異なれば自ずから意見も異なる、
根底には町に対する不信感が不満となり、体内にガスが溜ま。、それは町議会に対しても同じ事かと思えば背筋が寒くなる、個人レベルで意見交換会や議会報告会を通してコミニケーションを取らねばある日突然矢面に立たされないとも限らない、たかが町議と言えども住民のもっとも身近な存在であれば配慮は必要である。昨日の会議は一応、私的にも成果はあった、町もアパート住民も三者とも納得したようだ。
今日は県工業技術センターで新製品の相談を受ける、平戸の町工場が新技術で製品化にトライ、ベンチャー時代の昔の仲間に20年ぶりに会う。
顔に皴だけは増えてはいるが気分は昔と変わらない、これは幸と言うべきか、否や。樹工時代の評価は「久保に頼めば何とか成る」であったがイマダニその
ような信頼を持続していたのかと妙な所で感心する。しかし、男気は禁物。

No(149)


■…2005年10月20日 (木).......国道207号物語り/PART−3
平成15年は穏やかに過ぎ、明けて16年になる。
この年度には目立った動きは国、県共に無く音なしの構えである、むしろ合併問題が地域の最大の課題で合併協議会の中で207号線の拡幅工事、及び時津長与線の新規計画、第七工区大橋等々、合併特例債を運用した地域インフラの整備を法定協議会の中で検討に入るが、不幸にして時津:長与:琴海、三町長の足並みが揃わず12月の中旬にご破算になる。議会も町も住民の信頼を反故にする、合併推進派の議員は敗北感を抱く、ソレニシテモ、情けない。
そして17年を波乱の内に迎える。
4月より自民党に復党し207号に全力投球、自民党の勢力を活用して早期実現を目指す、5月の党人事で時津支部総務会長に就任する。
5月 自民党県連、県議会議長、県知事、に陳情する。感度は勿論、良好。
6月 最後の砦にアタック。23日三好県議:平瀬町長:自民時津町議団と自民党本部に三役(武部:久間:与謝野)と次期総理の下馬評高い安倍幹事長代理を尋ね直訴す、合せて2年前、一瀬補導員が訪ねた国土交通省、道路局長に現地説明に入る、雨の日に撮った私の写真が資料として提出された。
当夜、銀座に泊まり、タケノ幹事長と気勢を上げる。ある意味では207号の
道路問題はこれ以上のことは出来ない処まで攻めた事になる。次回が最終回。

No(150)


■…2005年10月24日 (月).......惰性との戦い
最近、食事制限で一日1680カロリーで生活している関係からか、気合が入らない。
夕方6時ごろには疲れを感じる、体が未だ慣らされておらず体内でバランスが取れていないカモシレナイ。
生活習慣病は習慣を変えないと直せない、自ら処方箋を作り、実行するしかないので取り合えづ「タバコ」も止め、丁度1ヶ月になった。
私が一番嫌いなのは「惰性」である、毎日が惰性との戦い、惰性に走れば楽ではあるが、それでは進歩も進化もない。進歩と進化の中に生きがい要素がある。
定年組の同級生と電話で近況を語り合うが健康不良者が何と多い事か、憂鬱になる、健康に費やす時間を持っている癖に何たる事か、健康をなおざりにする事は自分への背任行為である、為すべき事が出来なくなる。
具合いが悪くなるのは成すべき事を為した後でよい、私の信念は「死してのち止む」である、故に「生きてるうちが人生、生きてるうちが全て」。
人生観と死生観を同時に抱きながら毎日を生きている。





No(151)


■…2005年10月25日 (火).......死神よ時間をくれ。
秋風が身に染む今日この頃、10月も末になると冬の気配さえ感じる。
「もののあわれ」は秋の代名詞でもあるが、知人友人がセカサレルヨウニ他界して行く、段々私にも死神が接近してくるようで私自身もあせりを感じる。
 為すべき事を為し、思いを遂げれば お迎えは望む所であるが、道半ばでは未練どころか悔やまれてそれこそ死んでも死に切れない。
光陰矢の如し 私が人生訓としている言語であるが、ソレニシテモ早い。
秀吉の辞世の句に「露と落ち露と消え行くこの世かな浪速の事は夢のまた夢」
人の命は露が木の葉から落ちて地面に消える瞬間に等しい、その位短いと言う事を嘆きこの世は夢か現か、、、。
今読んでいる本は「国家の罠」外務省のロシア局の官僚が作者で鈴木ムネオ事件の暴露本であるが一冊読むのに1ヶ月以上も掛っている。
この官僚の言い分によればムネオ事件も謀略と言う事に成る、官僚の世界も政治の世界と同じく権力争奪の戦いである。端的に云えば世の中には敵と味方しか居ない、誰が味方で誰が敵なのか視界不透明の中で手探りで味方を作り敵を排除する、低次元の生き様であるが人生はこの作業の連続かもしれない。

No(152)


■…2005年10月27日 (木).......仕事に完走は無い
自民党時津支部事務局長:中尾氏が病気療養のためギブ、アップする。
時津支部と三好県議を今日まで支えてきた功績は甚大であり、この時期の引退は惜しまれる。
再来年に控えた三好県議の選挙を思えば大変なマイナス要因である、県議の支持者も老齢化し地域に対する影響力も衰退気味ではなかろうか、時々刻々と状況は変化し見えない所で何かが動いている、これを捕らえ引き込むことが出来れば全てに於いて勝利する、これは商売でも、選挙でも同じ事。イワユル風を読み風を呼び込む事である。私の選挙も県議選と時を同じくして実施される。
従来の戦略、遠交近攻策とエイジェントを今からボツボツ曳くべきか。
11月17日はNPOで「ボジョレの夕べ」を昨年同様、カナリーホールでピアノコンサートと抱き合わせて実施する。収容人員に限りがあるので人選が難しいが原則、会員優先である、昨年よりバリエーションのあるものにしたい。
回を重ねるごとに進化、充実させねば継続できない、そして形が出来たら又、見直して改造、連綿とこの繰り返しが続く、故に、継続は力なりとなる。
仕事に於いては「人は全て駅伝の走者と同じ」完走は無い、長く走っても区間走者であり、バトンは次にタッチしてこそ使命が終る、役目が終る。

No(153)


■…2005年10月28日 (金).......小池百合子が特大恩賞を受賞?
今日、自民党造反組の処分が下された、「やるといえばやる」小泉総理の意向がそのまま反映されていた、曖昧さが無くある意味では厳しい裁定ではあるが分りやすい。
張本人は除名:造反寝返り組みは離党勧告:その他党規によれば8段階あるらしい、介護は6段階であるので介護より細にいって面白い、我輩も党規に悖る言動は党紀委員会に賭けられ処分の対象になるので要注意。
ソレニシテモ寝返り議員の節操は如何したものか、郵政反対の選挙をしたから支持者が応援して当選出来たのではないか?
ところが当選して我が身が危なくなったら今度は選挙民を裏切り民営化賛成?
コンナバカゲタハナシハナイ 物議を醸している小泉チルドレンより浅ましい
結局、野田聖子、中曽根、その他にしても二世議員、かばん 看板 地盤を世襲して修羅場を体験してないからケンカの仕方を知らないばかりか読みが甘い
坊ちゃん、嬢ちゃんには心の機微をよむ洞察力がない。
平沼も亀井も野田も綿貫も小林も皆な一掃された、小泉の一人勝ち、最大の功労賞は小池百合子外相に抜擢ナイとはいえない、サプライズ第2幕は今から。

No(154)


■…2005年11月 9日 (水).......ご無沙汰しました。
パソコンの「ルーター」と言う部品の故障でコラムを書けなかった。
丁度コラムのネタも切れていた時期であり「チョット」一休みさせて貰った
先日から議会の視察で研修旅行に行って来た、「加治木町、御船町」である。
行政改革、議会改革の調査であるがいずれの町も計画策定し今からが本番、
財政事情から見れば時津より見劣りするが未だ真剣さに欠ける、改革を本気でやるなら我が身を削る覚悟を要す、目標設定し10%削減する為に如何するか
それから全ての経費見直しに入る。行政のやる事は出発点から異なる。
合併新法に基ずく「町政の有様」が不透明であるが、単独を指向した町村が全国に点在するが必ず財政破綻に追い込まれる、時間的な差はあれ国の方針はそこに視点が向いている、時津町もゴタゴタして単独になったが長与と行くか、長崎に行くか、二つに一つ4年先が限界で「長崎市時津町」の可能性95%。
預言者的ではあるが国の政策、社会の事象を正視すればこの国の行く末と、社会の構造変化は予測がつく、苦しくはなっても楽にはならない。
私達の年代は惰力でも生活出来るけど若い人達が大変である。
厳しく険しい道程をヒタスラ歩き続ける大変な勇気と根気が要る。

No(155)


■…2005年11月10日 (木).......読書の秋、ボジョレの夕べ。
読書の秋に倣い、本を読んでいる。
津村 陽の「下天は夢か 信長私記」と佐藤 優「国家の罠」二冊同時に併読
硬いのと柔かいのと、小泉総理が今、信長に例えられているが政治手法には、処世上、相似点がある。事に於いて情には左右されない、蛮勇に等しい決断、
合せて超緻密な計算と誘導 今回の郵政から解散、新人の発掘そして戦後処理
筋書き通りの展開であるソレニシテモ、フイクション作家は想像力が逞しい、有らぬの世界で主人公は天地を駆け巡り、様々な生き方をしてみせる。
政治とは創造する事で、「創造の始まりは想像から」である、想像力の豊かな
作家は思考に於いて政治家の資質があると思う、作家に英断力と度胸があれば並の代議士は小説家に負ける。「国家の罠」にしても外務官僚の暴露本であるが事件を内側から告発し説得力がある。私の読む本は概して実話、ノンフイクションものが多い。小説と言えども空想の世界は中身が無い。
来週の今日は「ボジョレの夕べ」昨年よりは充実させたい。
ピアノは松尾 薫先生、曲目は月光の曲、荒城の月をリクエストした。
楽しみである。

No(156)


■…2005年11月13日 (日).......歴史は繰り返す、
先日長崎街道ネットワーク主催のシンポジュウムがあり時津街道の部分だけ参加し中世における時津、及び浦上街道に至る時津街道の果たした役割について勉強をする。
不肖、私も「時津史談会」の一人として郷土史家、川道岩美氏の考察を拝聴。
時津の事は私も30年ぐらい住んでいるがナカナカ分らない。
26聖人上陸の地として有名であるが上陸して、ここで歴史に残る特別な事をした訳ではない、京都から長崎まで捕縛され、見せしめに引き回され西坂で磔になり殉教した、そこに時津の果たした役割は無い、又文人墨客が時津街道を経由し長崎に向かったと言うが確かな足跡は無いに等しい。
神社や旧家を調査すれば古文書やら新しい発見もあるかも知れない。
人間の生活慣習は長い歴史の中で連綿と受け継がれ今日に至る、現在の大都市は中世に政治経済の中心であった、今も変わらない。
中世の地域構造は現在にも継承され更には将来に繋がり、尚進化をしている。
温故知新と言う言葉がある、個人的には自分の実体験の中に生きた教訓があり、社会は歴史に学ぶべし、である。歴史は繰り返されるとも云うが歴史に学べば繰り返す事は無く、間違う事もない。

No(157)


■…2005年11月14日 (月).......偉大なる凡人
大いなる凡人は意外と身近な所に居るもんだ、先日の地元紙に知人のIさんが紹介された。
Iさんとのキッカケは私が議会で国道207号を取り上げ町に見解を求めた事に始まる。 彼は二階の傍聴席から私の質問と町の答弁を聞きながら私の指摘に賛同し我が家を訪ねてきた。
聞けば30年間 学童の交通安全補導員として通学時に交差点に立ち指導してきたが、国道207号に関してはもう自分の手に負えない、早急に安全対策をして欲しいと単身、当時の国土交通省、石原大臣を訪ね直訴する。
私が取り組む207号国道拡幅問題の起点は実は彼の情熱と使命感に追う所が大である。
207号は登山で言えば6合目位まで辿りついたがもう一息か。
世間には偉そうな人物は沢山いるが30年間、無欲無心で雨の日も風の日もコツコツと商売にもならない事をやれるであろうか。
彼のライフワークは県内400の小中学校を訪ね交通の安全教育をする事。
64歳 私と同じ年令。彼こそ偉大なる凡人である。

No(158)


■…2005年11月16日 (水).......「人生無百年」 ギン太
明日はボジョレの解禁で一番乗りを飲む事になる「ボジョレとピアノの夕べ」VOL2であるが会場が狭いので溢れるのではないかと心配である。
ピアノはドイツで、ピアノマイスターコースを終了してきた松尾 薫さん。中々の人物である、時津にも人物は居るもんだと思う、影山さんにしても面白い、田中船長も人物は一流である。面白い事にこの人たちに共通している事は孤高の世界を生きている様にみえる、わが道を行くスタンスであろうか。
我が家にも商売(?)がら、いろんな人が出入りする、出入りが多いと言う事は商売繁盛と言う事になるはずであるが全然ならないのである。
時間の浪費と情けなくなる事もシバシバあるが、「ママヨ」と諦観しその場を繕う、他人の生き方が他人事ながら気に掛る、こんな焦燥感は私だけなのか
特別に執着する事の無い日常生活、平常であるが故に満たされない、確かな目標に向えないモドカシサが焦りとなりジレンマに陥るのか。
結果論からいえばどっち転んでも一生が二生に為る訳でなし大した事は無いのだが社会情報に煽られ自我を抑制するのに苦労する、これが仏陀の説く煩悩の
世界であろうか。

No(159)


■…2005年11月23日 (水).......日常は「非日常」を超える
今月は議会の休会中につき本来なら一番余裕があり、コラムも皆勤できたはずなのに何故か「閑中、忙あり」でいつもより記載が出来なかった。
この間ケッコウ多事多忙、DV絡みの相談があり、12月議会の議会質問の起草があり、「ボジョレとピアノの夕べ」があり、五島、天草と出張が入る。
駆け出しタレントさながらのフル回転、この前のコラムで「死して後、止む」と書いたが今日、やっと小休止の気分である。
先日、選挙でお世話に成った方が急逝され告別式に参列する、元気な69歳であったが突然のご昇天である、葬式は望まざる事であるが故人(死者)のメッセージを聞く機会として肝要である、人生は「生と死の狭間」の演劇であり、
第二幕はない。何処まで自分に無理を負荷し得るか、何処まで自分に正直に生きて行けるか、云わば自分との戦い、自分との戦いは勝敗も無ければ不戦勝も無い、勝っても、負けても何も無い。
20日、知覧「神風特攻兵」をテーマにした劇団「前進座」の演劇を観てきた
神坂次郎の脚本で沖縄戦に散った、学徒兵の史実に基づいた内容である、涙がこぼれ、現代を省みる時、彼らに済まない気がしてならなくなった。
人には夫々最後の仕事が与えられている、69歳の(故)知人は導師を通して
日常的な関わり合いの中に「掛替えの無いモノ」がある、心すべし。と説いた
凡人に対する説教であるがこれは真実。

No(160)


■…2005年11月26日 (土).......「美は乱調にあり」寂聴美学
今月は体調も不全でコラムもランダムになってしまった、それと書いたにも拘わらず送信ミスでどこかに飛ばしてしまったものをある、昨日もそうだし2,3日前も迷子になった、パソコンの中の悪玉ウイルスが邪魔をしているのか。昨日は私の尊敬する瀬戸内寂聴の「出家とは生きながら死ぬ事」と明言した死生観と行動倫理観を私なりに咀嚼し、修羅の現世にあって、生死を超越した身の処し方は女だてらに潔い、真剣に生きると言う事は自己本心に忠実に従う事である。「寂聴の世界」は煩悩との戦いの連続であり、自分との戦い、行き着く処は世間常識と如何折り合いをつけるか。
「美は乱調にあり」は瀬戸内晴美時代の作品である、真実を吐露すれば反面、必ずバッシングはある、出る杭は打たれる世の常である。
私も「整美」より「乱美」を良しとする。
「乱美」の中には破壊的で情熱的なもの、革新的で危機的なものが満載されているがエネルギーに溢れ爆発力を秘めている、林芙美子、与謝野晶子、時代はずれても大きな女性は存在する。

No(161)


■…2005年11月27日 (日).......12月議会7日より出発
平成18年度の国家予算の概要が示された、三位一体、改革の追い込みが窺える、国債発行30兆円を視野に歳出をトコトン抑制する、税源移譲と引き換えに厚労省の所管である生活保護費の負担割合を半分から三分の一にする、地方は猛反発しているがどういう展開になるのか。
三兆円の税源移譲を実現し段階的に分権型社会を構築する為には少々の無理は必要である、中小企業家の目線で見れば予算執行に関しては県、市町村のしている事はマダマダ「いい加減」。民間の工夫、努力を参考にすれば20%は経費削減が可能、無駄が多すぎる。
交付税、国庫補助金とも削減すれば良い、地方は節減の努力が足りない、パートのお茶汲みなど職員に贅沢すぎる。

今日は支持者の方の葬式があった、厳しい選挙戦の中、私を近所近辺に紹介してくれた、当選を我が事のように喜んでくれたkさん。今月に入りこれで二人目である。強力な支持者が亡くなるのは打撃であるがご冥福を祈りたい、彼らの信頼に応える為にも頑張らねば。
12月議会が7日から出発する、議会レベルの戦いが又始まる。
視点と軸足を定めて大きく構えて行こう。

No(162)


■…2005年11月28日 (月).......「老いて見る夢」 抱く夢。
ノミニケーションの会で土曜会と言う会合を月一回持っている。
人間、飲んだ時に本性が出るのか、飲まない時が本物か?どっちなのか不明であるが、飲んで本音で付き合おうと云う趣旨で色んなテーマで歓談している。
先般のテーマは「余命、幾ばくの時を迎え、今の夢はナニか」であった。健康で毎日を平凡にから、借金を精算して終の住まいを、恋を今一度とか、サマザマである。
私の持論は「霞を喰っては生きて行けないが夢があれば生きて行ける」我慢が出来る。一仕事終えた高齢者にこそ夢が必要である。
私自身の夢は一幕終わり、二幕目の始まり「無欲無心」の境地で「行きたい所に行きしたい事をする」二年後から実現したい、その為に今ヤルベキコトを為す。この世は「夢か幻か」は、先人の言葉であるがナラバ夢を抱き、夢に殉じたい。
今日、五島のMさんから夜TELあり。激励をうける。話の途中で時津は何処に行くのか?問われる。このままでは「長崎行き」と伝える。時津が長崎になっても時計が逆に廻る訳でなし、なんて事は無いのだが土地の人には大変な問題のようだ、来年2月の知事選挙が終れば「合併審議会」も立ち上がり、新たな展開を見せるだろう。

No(163)


■…2005年11月30日 (水).......亡父の事、昔の思いは。
明日から12月、師走である。
12月は2倍近く忙しくなるが気合が入って好きな月である、第一に一年の区切りとプライバシー的には自己決算の月でメリハリがある。
今日書棚を整理していたら昭和三十七年当時の雑記帳が出てきた。
冒頭に「我々は明日死するが如く生き、永遠に生きるが如く学ばねばならない」と誰かの名言を自箴言とし生活信条とした青年時代が吐露されていて、懐かしい。当時は名古屋で野心的な毎日を送っていた、反面、麻雀に明け暮れ、する事なす事、初めてばかりで楽しくもあった。
当時「亡父の日記」を母から預かり私が所持していたがその中に父の辞世の句とも取れる短歌が詠われている、記憶に無い父の人格を推測できる、唯一の手掛かり記録に留め置きたい。
昭和17年2月5日:満州にて。久保徳治(父の名前)
 妻よ子よ 俺の便りはニュースでお聞き 明日の戦さが 勝負どこ 。
私が生後、8ヶ月の時期である、この形見ともいえる日記帳は名古屋から引き揚げる時、福岡で「置き引き」に合いスーツケース丸ごと,盗られる。
色んな事がある人生街道、山と坂だらけの道程であるが行間に感動があり、希望が生まれる。冒頭の言葉に準じた生き方を全うせねばならない。

No(164)


■…2005年12月 1日 (木).......県議会傍聴記
今日、初めて県議会に行く、三好県議の質問を聴き県知事の答弁を聞いた。
12月議会は定例会としては最終であり、県政問題で知事に見解を求めるものが多かった、傍聴席も空席が多くあまり緊張感は無い、野球で言えば練習試合をしているような感じ「喋々発止」が欲しい。
大村湾の水産問題を指摘した議員が居たが今度あって見たいと思う、大村湾は環境ビジネスのモデルとしては最適である、政治と経済は表裏一体、何事も最終的には業者の手を借りなければ為しえない。
大村湾は私のライフワークである、ナマコとカキを上手に料理したいものだ。
明日は三好県議の「感謝の集い」がカナリーホールである、金子知事も来町される、町村合併が不調に終わり「知事も面子を失くした」時津であるが知事パワーをもう少し発揮してやるべきである「知事が町長に負ける」ようでは情けない、ぼっちゃん知事ゆえ逆風に勝てるか疑問である。
知事えの提言で一回、直訴して見たい。
町政も県政も一蓮托生、問題は山積している。知事には腹を据えて財政再建、県政の改革に取り組んで欲しい、今のままでは沈没する。

No(165)


■…2005年12月 2日 (金).......選挙雑感。
三好徳明「感謝の夕べ」が開催された。
参加者は約550人:65%の入り、さびしい感じは否めない、ゲストに「氷雨」をレコーデングした佳山明生が来た。一世を風靡した「演歌」であるが聞けばアレカラ20、2,3年らしい。年月が経つのは早いもの、私にとってもこの歌は感傷を誘う歌である あの頃は友人の川野某も元気でオトコ盛りを謳歌していた、今は昔である。
会場のカナリーホールで受付の合間にチラシを読んでいたら さだ まさしのコメントに年を取れば時間が早くなる という一節があった、ほんとに毎月、毎月実感している事であり恐ろしいスピードである。
この調子でいけば再来年の選挙はすぐそこまで来ている、段取りをシッカリしないと大恥を書くことになる、乾坤一擲の戦いをしなければ悔いを残す。
今日の参加者の中に結構知り合いが居たのは頼もしい、私が知らないのに先方が知って呉れている、有難い事である。ヤッパリ選挙をやる者は人の集まる所に身を置くべし、痛感す。「戦いは一生、勝敗は一瞬」常在戦場と心得え、
前回に勝る結果を出す、戦略を立てる要あり。選挙も戦術である。

No(166)


■…2005年12月 5日 (月).......モラルハサード
寒波到来:琴海の山手では雪が降った模様。 寒くなる。
景気も底冷え、止まる所を知らない、底の下に又底がある感じ、株価も上昇して上場企業は軒並み増収増益であると言うのに中小、零細企業は冬から冬。
マスコミは連日、耐震構造マンションの偽造問題で振り回されている、建築確認申請の検査機関が見抜けなかった、よって補償を国がするハメになりそう。
情けない話である、まず、当事者責任を問わねば成らないのに。
責任者に賠償責任を求め、被害者に対する措置は別途に相談に乗るべき、犯罪者の責任賠償を国民がするとしたらとんでもない話である。
わが国は何時の間にか軽い国になってしまったような気がする、内外からコケにされ存在感も重みも無い。組織が内部から破壊を始めると手が打てないと言うが侵食が始まっている、モラルハサード、法の番人が違法行為、無責任、詭弁子供が良い子に育つはずが無い、この子供達が我々の年代になればどうなるのか想像するのも恐ろしい。
先日の前進座の公演「我、今日生きてあり」の中で特攻の英霊が最後にばめんが「青春が美しい」とは言わせないと絶叫する、場面がある。
今一度、60年前の原点に立ち再出発しないとこの国の将来は無い。

No(167)


■…2005年12月 6日 (火).......委託の任免責任はドウなる
不正入札問題が多発し、警察の介入にまで発展している、旧三和町、対馬市の落札予定価格の漏洩、関西空港の官制談合、橋梁談合、日本国中談合だらけ。
真面目に入札に取り組んでいる業者はどうなるのか、政官に渡りを付けてモノにする、裏金をつくり利益を還元する、発展途上国にはよくある構図であるが先進国にはあってはならない。
正直者がバカを見る業界であればオレもワレもと追随する、最後は業界全体に蔓延し業界の体質が変質、社会の風潮が出来上がる。
ニッポンはそういう意味では途上国と変わらない、経済と官僚は一流、政治は三流が海外の評価であるが全て構成員は人である、同じ人なのに如何した事か、不可解である。
人はもともといい加減なのかもしれない、状況でどんなにでも変色する動物、保護色動物と同じ体質を持ち合わせている。
時津町議会、12月定例会の初日、議案の説明がある、私が一般質問入れていた
「指定管理者制度の導入」が議案として上がっていた、タイムリーである。
指定管理制度の最大の要件はリスク管理である、自治体が管理を移管する以上は最終責任は元にある、建築確認申請の受託事務と同じである、責任問題を抜きにしてこの制度を語れない。
これも小泉改革の目玉の一つ、健全な制度の定着と普及が求められる。

No(168)


■…2005年12月 8日 (木).......「猫に鈴を」ダレがつける。
議会の一般質問が完了。
「指定管理者制度の導入について」と「給与手当ての見直し」である。
指定管理者については4月より出発、とりあえず51施設の内9施設で検討の模様であるが段階的に委管の方針、大して面白くない。
給与の手当て特に「特殊手当の是正。普通旅費の全廃」を求める、併せてパートの有効活用、お茶汲みの中止」を求め、最後に退職時の特別昇給の是正等々
田舎の役場ほど親方日の丸、変な「腐れ縁」で固まっている。
住民も馴れ合いになり感覚が麻痺している、こんな風では地方行政の改革は難しい、意識の改革が出来ていない。
昨夜半に支持者のIさんから電話があった、私の「支持者を作った」との連絡である、有難い話である。何の利害関係もなく、むしろ私が世話に成るだけの関係、ご高齢であり次の選挙まで持つのか疑問であるが、身代わりを、と考えての事であろうか感謝である。
考えてみれば今日の質問は誰に頼まれた訳ではない、本来、議員達が口を揃えて是正勧告をせねばならぬ問題だが、猫に鈴をつける役目は皆、避ける。
住民の立場、住民の価値観で仕事する議員は果たしているのか疑わしい。

No(169)


■…2005年12月11日 (日).......長崎市時津町は
昨日の長崎新聞に伊藤市長が市議会で某議員の質問に答える形で「時津:長与両町との合併を視野に入れた社会基盤の整備」を考えている、と表明していた。長崎市議会に於いては時津、長与の併合は織り込み済みの雰囲気のようである、知らぬは町民ばかりなりかも。
既に消防、ごみ、火葬、と業務委託の関係にあり早晩、介護保険も長崎に加入となるであろう、ある意味では吸収併合の環境を段階的に整備しているようにも見える。
今日、金子知事の時津地区後援会の発会式があり知事が来町された、平瀬町長は都合により欠席、中村助役が代理、三好県議も苦しい立場であるが平瀬町長の政治姿勢に対する批判も燻ぶり始めた。
選挙の怨恨は厳しいものがある、当事者でないと分らない。また非合併のツケがどういう形で出てくるか、交付税、国庫補助金の措置は必然的に大幅削除、18年からが本番、である。
国の改革が急ピッチで進んでいる、憲法改正、防衛省、天皇継承、政府系金融機関の統合、道路特定財源の一般財源化、公務員削減等々、これが終れば地方行政の改革が強制的に始まるであろう、わがまま町村は淘汰され、県の采配で
再編成の対象になる、時津が長崎市時津町になるのは時間の問題。

No(170)


■…2005年12月12日 (月).......私の本懐
今日、昼間に雪が降っていた、12月を感じる。
急に年内にナニとナニをしておかないと、と言う気分になる。
仕事、公職、ボランテア、そして個人的にも、読んででしまいたい本から、久しく行っていない飲み屋まで、様々である。
用件を数えたら無限大、自分の心の中で取捨選択し折り合いをつけるしかない
今から飲み会も消化してイカナケレバ成らない、義務的にするというのは楽しいモノではないが、無意味な時間は尚、持ちたくない、無意味と思える場面の中に価値あるもの意義を創造しなければ、時間の芸術家になれない。五島の友人からTELがある、聞けば五島航路、五島灘からの通信、長崎なら押しかけていく所であるが帰りの船からTELすると云うのは気遣いが窺える。
初老の身で未だ道半ば、半熟の私を友人達は大事にしてくれる、有難い事である、彼には長崎に来る前に電話してくれ、と申し入れる。
恩義を感じる友人、その反対の友人、人生街道の道中でいろんな場面を見せてくれる、が友人達が居ればこそ楽しい人生である。現役を退き全ての縛りを絶ち早く勝手気ままな生活が欲しい、その時こそ私の本懐といえる。

No(171)


■…2005年12月14日 (水).......凡人の本性
昨日、商工会の役員と商工会所属議員団(5名)の懇親会があった。
酒を飲み、忌憚のないノミニケーションをする、常連の知己役員が欠席して物足りないが、久しぶりに本町の問題について意見交換する。
総じて合併問題に対する遺恨がある、商売人は長崎市との合併を求めている、合併推進議員の力量不足を責められるが仕方が無い、本来攻められるのは茶坊主議員であるが、町民の人達が全てを見て取れる訳ではない。  
保身首長や保身議員を戴いた町民は悲劇である、やはり糾弾すべきところはしないといけないのだが疑怪疑員が多すぎる。
土地の商工業者でテナント系は早晩廃業に追い込まれる予感がする、最後には「食べ物やと時津饅頭」だけかも、この商店街も余命幾ばく、か。
話せば善良な人の集まりであるが「正面斬ってものを言わねば世の中を動かせない」当たり障りを気にしては還って可笑しくなる。
私もケンカの多い男であるが「自分のセコさ」からやりあう事はしていない、信義にもとる、侮辱をうける、約束違反を受けた場面に攻撃する事にしている
「人は年を取れば丸くなる」と言うが実際は反対ではないかと思う、年を取れば「頑固で短気」になるのが凡人の本性ではないか、と最近ツクヅク思う。

No(172)


■…2005年12月19日 (月).......最近事情
12月も中旬を過ぎれば俄然忙しくなる。
この2,3日は時間を超えた猛進振りである、17日(土)支持者のYさんと個人的忘年会で12時帰宅、18日(日)朝起会で午前4時起床、例会に参加そのまま日曜にも拘わらず五島プランの策定打合せ夜、女神大橋の見学し、帰宅後午前2時までプラン作り19日(月)午前5時20分起床、五島に出張。日帰りで夕刻5時30分長崎着。4時間+3時間20分。二日間で7時間20分サスガに少々疲れ気味だが気合が入って充実感あり。
五島で仕事を進めている、母が健在の頃子供達は皆な、母に一時預かりでお世話に成った、五島に帰れば束の間でも癒されるし元気も回復する。
娘の「さくら」が友達達とハワイ、オアフ島に行った、着いていきたい位であった、娘は最後の恋人とはわが親友の言葉であるが本当に本当(#^.^#)。
正月に向けての精神集中の時期に入る、元朝式に心技体で臨まば心得するものがある。いよいよ眠たくなってきた。
今日の予定はどうにかコナシタ気がする。
母の「明日あると思う心の仇サクラ夜半に嵐の吹かぬものかえ」好事魔多し

No(173)


■…2005年12月21日 (水).......山頭火の世界
雪が降る夜、吹雪の中を急いで諫早から還ってきた。
雪が降れば決まって思い出すのは名古屋時代の事、切ない気分になってくる。
ジングルベルの歌をさびしく聞きながらブルブル震えながら電車沿いに歩いた楽しい記憶は浮かんでこない。
今年の年賀状の冒頭に山頭火の短歌を入れた、「生死の中雪ふりしきる」最近は山頭火の心域を感じている、極端なまでに文言を省略して真剣を真っ向から打ち下ろし一刀両断に切り込んでくる、迫力があり切れ味がある。
この歌もすさまじい迫力がある、漂白の歌人、風狂の歌人は捨て身でありながら歌の対象と対峙する時は「武蔵と巌流」の情景を彷彿させる。
簡潔な短歌には表現できない「美」がある、この歌には切実な心象風景と現実の風景画抱き合わせて詠われている、そしてこのアトどうなるのか、と思わせる余韻が残る。
余韻は残光のようなモノで最後は消えていくが、何と無く執着させられる。
人間社会にも同じような事例はある、味も素っ気も無い人間は五万と居るが
その反対側の人もいる山頭火も奇人と言われながら異形短歌で自分の世界をつくり社会に認知させた。歌を読めば山頭火に逢えた気分になるから不思議。

No(174)


■…2005年12月23日 (金).......家族の絆
今日は母と長兄の法要があった。
母は13回忌で生きていれば90歳、兄は7回忌で生きていれば70歳。
兄弟親子は宇宙的摂理で結ばれている、地球上の人間60億、地球上の生命体、微生物まで入れたら1000兆を軽く超える。
人間に生まれる事は奇跡に近い、地球上60億の人間社会でアジアに生まれ、日本に生まれ自分の意思の届かないところで天命?によりその家族の一員として忽然と誕生する。その家族の一員としてそ生まれてくる事は宝くじを充てるより難しい。
多感な頃、自分の生来に疑問を持ったりした、時期もありはしたが、自分が家庭を持ち人の子の親になり初めて家族の絆の有難さを感じる、「母に勝る母は無く」良くぞ私をこの家系に生んでくれたと感謝する。母の人間教育の最たる言動は「他人に迷惑をかけるな、後ろ指を指されるな」であった、これは家訓にしたい。
長兄とは幾たびも衝突し「つぎはぎの多い兄弟付き合い」をしたが今思えば懐かしい、確執や怨念は生きている人間同士の世界の観念である。
仏になれば「無心」である、本来仏になる前にその心域に到達しておればこの世は極楽であるのだが「人間の性」がそうはさせない、今日は久々に亡き母と兄に無言の会話をして来た、新しい力を貰ってきた。

No(175)


■…2005年12月27日 (火).......年の瀬、雑感
アレコレと、考えている内にアレコレする暇も時間も無く一年が過ぎてゆく事に不安を感じる、年の瀬である。
時が矢の如く過ぎていく、それだけでは怖くは無いが残された時間が少なくなる事に不安を感じるのである。時間と共に成すべき事が為され昇華して行けば良いのだが現実は思ったように行かない。
本来なら定年組に入っている身だが未だ現役で勝負している、緊張の毎日。
個人的にも公人的にも大詰めの要件が膠着している、ヤルベキコトをやれば結果は自ずから出るを信条に毎日鎬を削っている、何事に於いても自分が結果を作ることはエネルギーを要するが他人に結果を出させる事は頭脳を要するが省エネで行ける、経験を重ねれば技巧的に結果を出すように進めなければいけない。此れからは仕事も生活面に於いても「技巧的に省エネ作戦でいく」ことを信条にしよう。
あと4日もすれば来年2006年である。
2005年の総括と2006年の設計をしなければいけない。
厳しい時代であるが戦中、戦後の当時と比べたら天国、極楽である。
不足不満を抱けば自らを下界に追いやる事になる、苦しいときにこそ希望を持って果敢に挑戦して行く、そこに光明と可能性が拓けて来る。

No(176)


■…2005年12月31日 (土).......良い一年に感謝して。
2005年最後の日。
平成17年12月31日、至って穏やかな土曜日である。
今年はこの国にとってあらゆる意味で歴史に刻まれる特筆すべき年である、改革の名の下に平成の蛮勇改造が小泉純一郎首相の手で為された、評価は後世の史家に任せるとして小泉手法は周辺に教訓を与えた。
永田町の論理は国民には通用しない、言い換えれば県議会、自治体議会の論理も地域住民には必ずしも通用しない、民意を天意と解し勇気を持って事に当たる、「私心無くば百万人と云えど我行かん」である。天は自ら助ける者を助くである。
私の任期もあと1年少々、再選を期して夏頃から準備を要す。
今年のハイライトはなんと言っても自民党本部に三役、安倍官房長官を訪ね国道207号に着工の目途をつけた事、これは関係者の協力を得て出来た事ではあるが議員活動の中でも特筆できる。巡り合わせも幸いした、いくら頑張っても条件が整備出来なければ難題である、自民本部に久間総務会長がおり、県連に三好幹事長がいて時津の関係者も頑張ってくれた。
2006年はドンナ年なのか、楽しみである。私の信条は何時如何なる事があろうとも常に完全燃焼、最善を尽くすのみ、極めてシンプルに。今年は良い一年であった、皆さんに感謝である。
クボテツコラムの形式が変わる、明日から再出発である。

No(177)